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最終回 第二十六回 映画『めぐり逢わせのお弁当』

すごくおもしろい映画を発見した。
題名さえ聞いたこともなかった、インドの映画である。

どこかから年配の女性の声が聞こえてくる。
「今日はスパイスが足りないねー」
インドの人は匂いだけで、スパイスの過不足がわかるのだろうか?
カレーを作っていた女性(イラ)は、窓辺に近寄って声をあげる。
「スパイス貸して!」
上からひもにくくりつけられたザルがするするーと下りてきて、そこにスパイスが入っている。
イラは階上に住む「おばさん」と話していたのだ。
映画の最後までおばさんはイラの話し相手を務めるが、『ヤッターマン』のトンマノマントみたいに、姿を現わすことは決してない。

マンションの入口に自転車に乗った配達夫がやってくる。
イラは大急ぎでお弁当を準備する。
カレーに、ブリヤニに、お惣菜。
ピタを、網ものせず、いきなりガスコンロの上に置いて、ふくらませる(インドでは白焼き状態で家庭でふくらませるタイプのピタを売っているらしい)。
円筒形のアルミの容器にそれらを入れて、5つ重ねて、巾着袋の中に入れる(これがインドの弁当箱らしい)。
配達夫に手渡すと、自転車の荷台にくくりつけられる。

自転車に乗った弁当箱はいったいどこに行くのか?
他の配達夫がもってきた弁当箱といっしょに駅に集められて電車に載せられ、都会の駅で仕分けされ、オフィスのデスクまで届けられる。
映像的にあまりに見事なので、作り話かと思ったらそうではなかった。
インドのムンバイには「ダッバーワーラー」と呼ばれる弁当配達ビジネスがあって、175,000個以上の弁当箱が、5000人のダッバワーラーによって送り届けられるシステムが確立しているのだという。
まちがえて配達される確率は600万個に1個。

その600万分の1のまちがいが発端となって物語がはじまる。
自分に興味をもってくれない夫をふりむかせるために一生懸命に弁当を作っているイラ、そのお弁当を食べる、妻に先立たれた定年間際の夫サージャン。
2人は弁当箱の中に入れた手紙でやりとりする。
顔を合わせることはないものの、通勤途中に見えるビルから飛び降り無理心中した母子のことを話し合ったりし、心理的な距離を縮めていく。
(弁当のおかずの内容や食べっぷりでも怒りや落胆を伝え合う)。

弁当をシェアすることで、サージャンは同僚シャイクとも打ち解けていく。
シャイクはひじょうにおもしろい男で、通勤帰りの電車の中で野菜を切って夕飯の用意をする。
「帰ったらこれを鍋にぶちこめばできあがりなんです」(超時短料理!)

文通をつづけるうちにイラとサージャンは惹かれあい、カフェで出会う約束をする。
2人は本当に出会うことができるのか?
そんなドキドキもありつつ結末まで興味を引っ張られる。

ムンバイの町がとてもおもしろく撮られている。
電車からはみ出るほど人がたくさんいて、パワーがみなぎっている。
でも殺伐として、誰も干渉しあわない都会の生活の中で、みんな孤独にあえいでいる。
そんな中でも、ひとつきっかけさえあれば、人と人がつながり、物語がはじまるのだ。
明日、東京の風景の見え方が変わるかもしれない。
そんな力を持った映画だった。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。