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二十五杯目 梅の香りと僕の想い出

部室から見える景色に菜の花が混ざり、梅の花が満開になるころ、僕の通っていた高校では、部活の先輩を送り出すパーティーが行われる。

全国大会目指して毎日必死で練習していたので、家族やクラスメイトよりも、部員と過ごす時間のほうがはるかに多い。そのため、追い出しパーティーともなると、みんな力が入る。

だけど僕は、自分が卒業する年、パーティーを欠席した。盛大に送り出されるのが苦手なんだよね、と周りには説明した。出席するかどうかぎりぎりまで悩み、結局その日、大学の登録手続きの予定を入れ、大阪へと逃げた。

あとで顧問に嫌味を言われたけど、欠席した本当の理由は言わなかった。説明したって、どうせわかってもらえない。

東京に大雪が降った日、店の営業を終え深夜の雪道を注意深く歩いていたら、どこからか梅の香りがしてきた。驚いて周りを見わたすと、近くの神社の紅梅が咲いていた。

春の夜の 闇はあやなし 梅の花
色こそ見えね 香やは隠るる

という歌そのままだなと思った。いつものように足早に歩いていたら気づかなかったはずだ。 こんな大都会で、平安時代の人と同じことを感じられるなんて素敵だなぁ、と嬉しくなった。

お菓子を作るのが上手な女の子に恋をしたことがある。周りの友人の評価はイマイチだったけど、留学先のイギリスで教わったというスコーンの味は抜群だった。

その女の子と、大阪城公園に梅を観に行った。僕は楽しかったけど、彼女はあまり嬉しそうじゃなかった。

ほんとは映画を観に行きたかったんだとあとから知った。あまり深いところまで辿り着けずに終わった恋。どこにでもある学生の恋。 

この一カ月半、ずっと忙しくて、季節の移ろいを感じる余裕がなかった。そんな自分にすごく反省している。この春は、街の色や、風の匂いを大切にしたいと思っている。

春になると、いつもすることがある。和菓子を買うこと。墓参りをすること。ホワイトアスパラを食べること。筍ご飯を炊くこと。楽しみだ。これから雨が多くなり、日ごとに暖かくなっていくだろう

雨といえば、このサイトのコラム「月曜日のジョウロ」が最終回になった。春の雨のみたいに、道路にじわりと沁みる文章が好きだったけど、水が空っぽになったようだ。

楽しみにしていたので残念だけど、京都にある「ジョウロ」という美容室は、いつも笑顔で溢れていることだろう。いつかお店に遊びに行けるかな。


著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスターのひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

BARトースト』のマスター
コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。