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3月 ムルギランチ

 考えてみると、この季節にしか食べられないというものを追いかけることはあまりない。好物なのだから、だいたいは年がら年中それを食べる。ただいつものアレを、特にこの季節になると食べたくなる、あるいは食べなくてはならないと思うものがいくつかあって、その代表は東銀座にある『ナイル・レストラン』の看板メニュー「ムルギランチ」だ。
 ランチという名がついているが、夜でも食べられる。ターメリックライスとカレー、じっくり煮込んだ骨付の鳥もも、マッシュドポテト、キャベツをワンプレートに盛った料理。何度もメディアで紹介されているので、もの珍しさは特にないかもしれない。そもそも店に入るとほとんどの客がムルギランチを食べているし、インド人のサービスマンもメニューを脇に挟んではいるものの、「ムルギランチでいい?」と断りにくい感じで訊いてくる。だからといって、もしムルギランチを押し付けられたという感じがしたとしても、一度でも食べれば失せてしまうだろう。
 ぼくがこの店に初めて行ったのは、いまから35年ほど前のことだった(四半世紀以上前…)。札幌から東京に転勤になったばかりで、東京支社から歩いて3分とかからないこの店のことは、当然ながら知らなかった。店の入口に大柄のインド人が座っている。その人がこの店のオーナーの A. M. ナイルさんで、インド独立の闘志だった人だということは、ずいぶん後になって知った。場所はいまと同じだが内装はかなり違っていたし、テーブルの天板には日本語で「世界平和は台所から」とプリントされていた。初めて注文したのはムルギランチ。有無を言わさぬ感じで「ムルギランチね?」と訊かれたからだ。しばらくしてムルギランチが目の前に置かれた。運んできたサービスマンがナイフでするりと手品のように骨を抜き取る。そして「よく混ぜてね。混ぜれば混ぜるほど美味しいから」と言い残して厨房のほうに去っていった。言われた通りによく混ぜて食べてみると、自分がそれまでに知っているカレーとは違う、そして他のインド料理屋とも違う、なにかもっと気安さのある定食のようで驚いた。
 それから週一くらいのペースで通い出す。そのうちに、何度も行っているのに一向にメニューを見せようとせずに「ムルギランチね?」と決めつけるように言われることに、なんとなく反発したくなった。「いや、メニューを見せてください」と言うのに何年かかったろうか。とにかくそれが出来るようになってからは、他のいろいろな料理を食べ、どれも美味しいことを知り、ムルギランチ以外のものを食べている自分が他の客に勝っていると勘違いするようになった。いまとなっては若気の至りと恥ずかしくなる。
 10年前に2度目の転職をして東銀座を離れたので、ナイルへ行くこともなくなった。そうして数年が過ぎ、用事があって久しぶりに銀座へ行った時に、なんだかナイルのムルギランチが無性に食べたくなった。店のドアを開けると、「若旦那、久しぶりね」とサービスマンに言われた。顔を憶えていてもらったことがとても嬉しかった。差し出されたメニューを受け取らずに「ムルギランチをお願いします」と言ったら、彼はニヤリと笑った。その日以来、ナイルへ行くチャンスがあれば、ぼくはムルギランチばかり頼んでいる。
 いけない、このままこの文章を書き終えようとしていた。肝心なのは、どうして3月になるとムルギランチを特に食べたくなるのかという話だったのに。ナイルレストランは2月まるまる店を閉める。オーナー一家も従業員もみな、故郷のケララ州に帰るのだ。そして3月に戻ってくる。インドから戻ったばかりの彼らは、すっかりリフレッシュしていて、スパイスの使い方もなんとなく故郷の加減になっている。かなり鮮烈に辛い。もしかしたら、こちらが1ヶ月も待たされたから、そう感じてしまうだけなのかもしれないが、とにかく、3月はぼくだけでなく、長年この店に通っている客たちのいちばん大きな楽しみであるはずだ。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月14日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。