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「おおらかなパン」

今月の23日、
「ル・プチメック」さんの新店舗が、日比谷にオープンする。
そのニュースを知ったとき、
思わず「イエーイ!」と小躍りしてしまった私。

美味しいパンの存在は、
どうしてこんなにも、人のココロを幸せにしてしまうのだろう。
プチメックさんのパンを食べる度に、私はいつもそのことに驚く。

ということで今回は、ニューオープンのお祝いの想いも込めて、
フィンランドのパンの話を少し。

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日本でお馴染みの映画「かもめ食堂」の中にも登場する、
フィンランドのシナモンロール。

本当の名前は「Korvapuustit (コルヴァプースティ)」という。

直訳すると「ビンタされた耳」。
見た目が、つぶれた耳に似ているから付いた名前らしく、
お気づきの通り、その由来は「シナモン」は関係がない。

っていうか、「ビンタ」とか「耳」って・・・。
そういうネーミングが、フィンランドっぽいなあって思うのは私だけ?
ちょっと毒が効いている感じがいいんだよねえ。

そもそもフィンランドって、
エアーギター選手権や、奥様運び選手権があったり、
ヘビーメタルを愛してやまない国だったり、
日本の人が抱く北欧のイメージを、
良い意味でぶった切ってくれるクールさがある。

私の場合、「アキ・カウリスマキ」の映画にハマったが最後。
この国の底に流れる面白さから、完全に抜けられなくなってしまった。

って、ついつい話が逸れてしまったけれど、パンの話に戻ろう。

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フィンランドのパンは、
スパイスの「カルダモン」を生地に練り込んで焼く、
「Pulla(プッラ)」という少し甘いパンがベースとなる。

この「プッラ」の生地を応用して、
シナモンロールを作ったり、
ドーナツに似た揚げパン「Munkki(ムンッキ)」を作ったり、
クリームやジャムを入れた菓子パンを作る。
いずれも、スウェーデンから伝わり広まったらしい。

ちなみに、スウェーデンのシナモンロールは、
スウェーデン巻きという編み込みタイプで、ちょっとシャレている。
特大サイズを売りにしたり、新しさを追求したりと、
フィンランドとは対照的な印象を受ける。

ストックホルムにある有名カフェの名物シナモンロールは、こんなに大きいし。

フィンランドのパンは、まずその名前の響きが面白いと思う。
「コルヴァプースティ」とか「プッラ」とか「ムンッキ」とか、
プーッとしていて、プラプラ~としていて、プププッて笑っちゃう。

でも、実物の姿はとてもドライで、可愛らしさはない。
これもフィンランドっぽくていいなあって、私は思う。

日本でシナモンロールといえば、
上に重た~いシュガーソースがタ~ップリかかった、
ガッツリと甘いアメリカンタイプがメジャーで、

「どうだあ~!すごいだろうー!」
「ハハ~、参りましたあああ!」と、
あの迫力満点の姿に、すぐさま平伏してしまう私。

それに比べて、
フィンランドのシナモンロールは、実に小ざっぱりとしていて素朴。
その姿と同様に、甘さも控えめ。

味も形も素朴すぎるのは、ムンッキのようなドーナツ類も同じで、
昔懐かしい揚げパンのような存在。

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うん。地味だ。

だけれど、ちゃんと美味しい。
シンプルだけれど、毎日食べたくなる味で、
そして、どこか、おおらかだ。

このおおらかさは、レシピにもいえることで、
これが絶対!というレシピがない。
決まっていることといえば、生地にカルダモンを入れることくらい。

この「カルダモンをしっかり効かせること」は、
フィンランドのパンにとって、たったひとつの掟のようなものだ。

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だから私は、
コルヴァプースティのことは、
シナモンロールというより「カルダモンロール」って呼びたくなるし、
ムンッキについても、「カルダモン揚げパン」って呼びたくなる。

これらが別名「コーヒーパン」と呼ばれるくらいに、コーヒーと相性が良いのも、
このカルダモンというスパイスのなせる業だと、私は思う。

そういえば、フィンランドには国を代表するケーキがない。
その理由も、もしかしたら、
この「おおらかなパン」の存在が大きいのかもしれない。

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このおおらかな雰囲気は、
私の故郷である長野の名物「おやき」と似ている気がする。

おやきも、レシピは家庭ごとに異なっていて、
調理方法も、焼く人、蒸す人、揚げる人と様々。
中に入れるものは、その日、家にあるどんな野菜でも良いし、
形も味付けもその家によって違う。

故郷では、
小さな来客があったり、ひと休みをする時に、
家主が皆に、日本茶をジャブジャブと注ぎ続ける風習がある。

そのお茶うけで、ちゃぶ台の上に鎮座しているのが、
たいていは、おやきと、漬物。
オシャレじゃないけど、落ち着く。

決して特別ではなく、
「普通の日常」の素晴らしさを感じられる、故郷のお茶の時間だ。

フィンランドのコーヒーの横に、
いつも当たり前に存在する「おおらかなパン」たちに、
私が強く惹かれるようになったのも、
この「お茶とおやきの日常」で育ったせいもあるのかもしれない。

結果、
いま、私のカフェでは、
フィンランドのシナモンロールとドーナツを作っている。

どちらも、これといった黄金レシピがないため、
フィンランドで食べた舌の記憶を頼りに、あの味を再現するという作り方だ。

フィンランドをそのままに習い、
気取らないおおらかなパンを作っている。
決して派手さはないのだけれど、これがコーヒーや紅茶に実に良く合う。

そして、そのおおらかさを良い意味で受け入れてくれて、
ジワジワとハマってくれるお客さんが増えてきていることが、
私は嬉しくて仕方がない。
ワーイ!
おおらか、バンザーイ!

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だから今日も見えない団扇を使いながら、
私はゆっくりと仰ぐのだ。

届け~。
届け~。
荻窪に漂うカルダモンの香り。
荻窪に漂うフィンランドの香り。
おおらかなフィンランドのパンの香りよ、届いておくれ~!

※2018年3月現在、「istut」でのパンの販売は土日祝日のみとなります

 


著者プロフィール

月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身