title_simizu

月の本棚 三月 あの頃

「女便所の水飲場の蛇口から、少しずつ水が出放しになっていて、鎖でとりつけてあるコップで飲むと、冷たくておいしい」

これは映画館で「ハンカチの函(はこ)にあるようないい景色」が出てくる駄作(上品だけれど、面白くないということか)を観てしまった日の記述。外は夕焼けで、窓枠になぜかピンポン玉と赤いお守り袋が置かれている。食べものについての文章が評判の随筆家だけれど、わたしはこういう部分に、この人ならではの色を見る。

『あの頃』は作家・武田泰淳の妻、百合子の没後24年に、娘の花さんによって編まれた単行本未収録のエッセイ集だ。彼女の、媚びない野生動物のような生き方に魅せられる。

「拾い食い」という話がある。蓼科の家に京都の仕出し店が物を売りに来る。夫はいい顔をしない。百合子は「とれたてトマトや枝豆もおいしいが、手をかけて煮込んである京都のおかずも食べてみたくて」娘と見ほれている。「京がんもの格好で骨董品みたいにてらてらした黒いもの」を三個だけ求める。惹かれているのに必ずしもおいしそうな表現でないのがおもしろい。仕出し屋の男はうっかり土間に1個取り落とし、それを投げ捨てる。「黒いものは、あ、あ、あ、と弧を描いて、門の外の草むらへ落ちて行く」。男が帰るや、百合子は駆けて行き、拾って噛んでみる。娘と「おいしいねぇ」と空を見上げながら分け合う。「湯葉のような、麩のような、しんみりと甘辛いもの」が何かは書かれていない。感動は、夕食のときには薄らいでいた、という話。なりゆきに引き込まれた。

「灰色の四角い硝子に画が湧いてくると、パシャパシャッとチャンネルをねじりまわす」とか、「テレビを消す。灰色の四角い硝子のまん中に、しゅっと脳味噌がしぼむような音を立てて、水銀の玉みたいな光りが吸い込まれる」とか。
お茶の間という場所がそれとして機能していた時代の、テレビという娯楽を思う。「テレビ日記」のおもしろさは、除菌消臭されていない昭和の空気を、素のまま書きとめたところにある。

「映画館」の章は解説だけにとどまらず、これらもまた日記となっている。チケット売り場にトイレに、隣り合わせた人の風貌、食べもの、交わされた会話、キッチュな広告、そして冒頭に引用したような、映画の前後。筋を途中まで書いておきながら、つまらないと中断(し、帰ってしまうので)、話は宙に浮いたまま、放置されることもある。わが道を行く人なのだ。

そういうおもしろおかしさと双璧をなすのは、亡き夫のことを書いた文章の魅力だ。切なく、心がしんとする。たとえば木箱の話が好き。

武田泰淳の中国忍者伝『十三妹(シイサンメイ)』。挿画家から贈られた絵が箱に納められている。泰淳が大切にしていたものだ。それを今は百合子がひとり眺めている。色とりどりの揚羽蝶が「しっとりと羽をひらいたまま憩んでいるような」原画は、幸せな時代を思い起こさせる。執筆の場にいつも居たのだ。聞き書きもしたのだ。「物語の筋を辿っていけば(それは夫の声で聞こえてくる)、終りの一枚は、十三妹が去ったあとの、金色の春の陽ざしに花が咲き乱れる安家の庭である。しんとして、夢を見ているようだ」。俗世を離れた桃源郷のような。その箱は、ハンカチの箱と対極にある。

c_miho26
『あの頃』武田百合子著 武田花編(中央公論新社 2017)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
All Aboutパン
Bread Journal
Bread Journal Facebook
Let’s ENJOY TOKYO