title_matumiya

スリランカの旅 1.

これまでインドにある茶葉の産地を色々とご紹介してきました。
先月までご案内した 南インドに近い地図では、右下の国にあたるスリランカ。
私がメランジェを始めて一番最初に旅したお茶の産地が、スリランカです。
多くの人々が、紅茶といえば思い浮かぶであろう『セイロンティー』。
このセイロンティーの故郷、スリランカのお茶の産地を訪ねたのが最初のお茶の旅です。

c_mera26-8

1991年、今から27年も前になります。
鎌倉の紅茶エッセイストでもあるお茶の専門家の方のツアーに参加させていただきました。
今では茶園巡りが一つのテーマにもなり行くことができますが、その頃の旅行社の情報は仏跡巡りばかりで、茶園巡りは未知の世界でした。
また今でこそ安全になり、一般の旅行社もツアーを組み色んな方々が行かれますが、その頃はテロの問題などが多く、親御さんの了解を得てツアーに参加される方もいらっしゃった時代です。
英国領であった茶産地、他もそうですが独立問題などの政治的な問題がある国もまだまだあり、気軽には茶畑へ行けない状況は変わりません。
さて、過去に何度もこの国を訪れましたが、最後に行ったのが2013年の3月、お茶の旬の時期でした。今回は、そのお話を中心にスリランカをご案内したいと思います。

内戦も終わり、すっかり平和モードが広まり世界中からたくさんの観光客が訪れ、世界遺産の仏教遺跡巡り、海辺のビーチリゾート、高原のリゾートと、たくさんの観光客がそれぞれ楽しめ、仏教国ということもあってイスラム教の方も安心して行ける大人気国です。ホテルも豪華なものからヴィクトリア時代のコロニアルなクラッシックホテルもあり、とてもいいですよ。

c_mera26-1

c_mera26-2

北の右の海岸線、今までは長い間テロの問題で行けなかった トリンコマリー。ここに行きたくて、久しぶりにスリランカへ出かけてきました。
スリランカの首都はコロンボではなく、クイズに出たりするほどのとても長く覚えにくい首都の名前です。
「 スリジャヤワルダナプラコッテ 」 とても覚えにくい首都名ですね。
1948年 セイロンとして英国から独立。1978年からスリランカ民主社会主義共和国、通称 スリランカと呼ばれています。1988~2006年までは内戦状態だったので、2009年に内戦終了宣言されて久しぶりの茶園巡りです。

まずは香港で乗り換えをして、一番大きな都市のコロンボへ。海岸沿いのネゴンボのホテルで泊まり、翌日から大移動。右側の海岸へ向かってバスでの移動です。
スリランカの知人は、この地域に入れるようになってからすぐに行ったそうで、長い内戦で行けなかったトリンコマリーの話を聞いた時には、次のスリランカ旅行は絶対にここへ一番に行くと決めて行った街でした。

c_mera26-7

お茶とは全く関係のない英国海軍の港があったところで、長い間、人が観光へ行けなかった海が綺麗な場所です。素敵なリゾートホテルが出来ていて、まずはビーチリゾートへ。
私の旅は続きます。

c_mera26-4

c_mera26-3

c_mera26-5

c_mera26-6


著者プロフィール

『メランジェ的世界の歩き方』毎月21日公開
icon_matsu

松宮 美惠 (まつみや よしえ)

200種類のお茶とお茶まわりのグッズを扱う「ラ・メランジェ」のオーナー。
ラ・メランジェは1988年に京都・北山にオープンし、92年からは同じ北山に店を移転拡張し、2005年9月烏丸二条に移転。2015年5月で対面販売 小売店店舗をクローズ。今後お茶を扱う専門家、飲食関連のサービス、お茶を教える専門家などに今までの経験を生かし指導をしていくことを新しいジャンルとして設ける。ものを売るというよりも、お茶とお菓子ですごす時間や空間、そこから生まれるコミュニケーションが大切だと考え、これを提案したいというのが基本的なコンセプト。このためお茶と食、またそれにまつわる文化に強い関心を持ち、1990年からヨーロッパを中心に海外に頻繁に旅し、情報を常に吸収し、ノウハウを蓄積しているのが強み。最近では、特に中国へ赴くことも多く、中国茶と茶器の品揃えも強化。現在、かの地の文化を修得しつつある。お茶については、海外からはお茶を直接輸入し卸しも行なうが、国内・国外のお茶とも、すべて自らテイスティングし、セレクトしたものを扱う方針。お茶のコーディネイトの仕事も多数。