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蛸のサンダル 第22話 すごい二番

 3月中は『ベーカリーブック』という毎年恒例のムックのための撮影が続いていた。プロのためにプロが製パン技術や店づくり、経営などについて語る雑誌なので、パンのレシピも業務用の材料と機材を駆使したものが掲載されます。

 レシピというと材料と分量が思い浮かぶが、それ以上に工程やタイミング、手作業のちょっとした強弱が完成品に影響するから、分量が書いてあるからといって完璧に再現するのはとても難しい。パンのように発酵状態や生地の丸めかたひとつで大きくコンディションが変化する食べものは、つくりかたを伝える難易度が高い。文字と写真という二次元世界の中で、どうすればジャストミートで伝わるのかなあと、常々悩んでいるわけであります。
 
 まして実際に商品をつくらなければならないお店のスタッフさんに対してシェフが「言葉で」技術を教えることのほうがきっと何倍も難しいのではないかと想像します。職人さんの世界は見て盗むとか習うより慣れろとか、しかし、今の時代そんな悠長なことを言っていたら辞めてしまうとか、いろんなことがございますが、どの仕事においても、昔よりははるかに「教える技術」の重要性が高まっているのは確かだと感じています。
 
 あれ? ここは蛸のサンダルだった。誌面に書くような調子ではいけません。リラックス、リラックス。とにかく『ベーカリーブック』は「パンづくりの教えかた教えます」というテーマで進めているので、また完成したらお知らせしますね。
 
 さて、今回ご紹介するのは北海道は帯広の名物ベーカリー「満寿屋商店」の製造部長、天方慎治さん(『ベーカリーブック』でも登場していただいています)。
 
 満寿屋商店は二代目である杉山雅則社長が継いでから、使用する小麦粉をすべて十勝産に切り替えてきました。まだ国産小麦がいまほど市場に出回らず、小麦といえばうどん用であり、パン用小麦粉という発想がない時代から。簡単なことではなかったはずです。天方さんはそんな杉山社長の右腕として、地産地消ベーカリーへの成長を支えていらっしゃいます。
 真面目で穏やかなお人柄。いつもニコニコ優しい方ですが、社内の大胆な改革も淡々と進め、その鬼のようなデキる仕事っぷりは他店オーナーに”すごい! 怖い! 欲しい!”と言わしめたスーパー二番手。

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 「僕ちっとも怖くないですよー」とのんびりお答えになる天方さん。出身は神奈川県。フランス料理店ベーカリー部門勤務時代に北海道に転勤し、オーナーシェフを志した時期もあったそうだけど、その後、帯広の満寿屋商店へ。いまは根っから満寿屋商店の人。口を開けば十勝LOVEがあふれ出すので、十勝出身と間違えられることもしばしば。

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天方さんのイラスト。蛸じゃなくて魚。ヒレが、、、よく見るとビーチサンダルになってる!

 そういえば先日柴田書店の『月刊食堂』で「ナンバーツーの作法」特集をしていました。個店から企業に成長してゆく過程で、重要になるのがナンバーツーの存在。トップ(創業者)のカリスマは外部にもわかりやすく、取材の対象にもなりやすい。社内でももちろんトップの宇宙的な構想力と求心力は大切なのですが、その隣で具体化を進めるのが二番手。社員育成から社内のトラブル、取引業者さんとのお付き合いまであらゆる内務を引き受ける”女房役”がいる企業が、やはり大きく成長していくなぁと、われわれ編集者は見ているわけです。
 もしも月刊食堂の特集にベーカリー部門があったら、天方さんが絶対に登場していたはず。東京のように独立志望者など腕に覚えのある職人さんばかりが集まるわけがない地方都市の帯広で、パートさんや新人スタッフでもできるようにレシピやオペレーションを再構築。いまでは遠く離れた東京にも店舗を構えられるまでに現場を育て上げた「教える技術」が高い方。ちなみに東京本店は目黒にあって、帯広と同じく十勝産小麦を使用。なんと製パンに使う水も、十勝から運んでいます。

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「やっとミッションが終わった!」と安堵する天方さんとブラフベーカリー栄徳さん(前回)。

 プロ向けの本でレシピを開示することに昔は抵抗を示す職人さんもいたし、いまでもゼロではないと思うので、快く技術を見せてくださるシェフたちには心から感謝するばかり。加えてイラストまで描いていただいて、本当にありがとうございます。

 まだまだ、蛸サンイラストはお願いして回りますので、皆さんドキドキしながらお待ちくださいね!


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。