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村八分にされた夜

私がお話する「村八分」とは、伝説的なロックバンドの名前である。

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 1973年の4月、村八分のフリーコンサートが京都大学西部講堂で開かれた。5月には前の広場で、赤テントの状況劇場が『ベンガルの虎』を上演するが、すでにカウンター・カルチャーの名だたる拠点の一つになっていた。GWの初めであったか、フリーとはただということ、要するに無料。18歳の私はためらいもなく友達と出かけた。並ならぬ実力と客に媚びない攻撃性でも、彼らは十二分に名を馳せていた。

c_nina27-3 それにしても「ただほど怖いものはない」とはよく言ったもんで、ヴォーカルのチャー坊が登場するとスタンドマイクを握り、「あー・・・・テスト、テスト・・」、ギターやベースのチューニングも始まる。客の中には、何かが入ったヤツら(アルコール、それとも・・?)も少なからずいただろうし、すぐにやんちゃな声が上がる。「はよ、やれや!」、そんな男の声に被せるように、一人のガールも金切り叫ぶ、
「キャーー」と、

 有無も言わせずチャー坊が怒鳴りつけた。途端に恐怖で静まり返る場内。
「文句あんにゃったら、ここ来たら?・・ここ言うたら?・・マイクで・・マイクで・・・・」、沈黙、啞然・・・・耳もつんざくギターの音。それから一呼吸おいて、ローリングストーンズ風(たとえばJumpin’ Jack Flash)のアップテンポが刻まれる。コンサートの幕はあっという間に切り裂かれて、切り開かれた・・・・

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 開演前のこんなお客とのやりとりは、現役当時では唯一のアルバムとなったライヴ録音の冒頭にそのまま収められている。当夜の曲目は、「あっ!」「夢うつつ」「どうしようかな」「あくびして」「鼻からちょうちん」「水たまり」など、全部で15曲。CDでも入手は可能だが、冒頭の「あっ!」には「放送禁止用語」とやらが頻発されるので、その曲だけが削除された「ケチな」ヴァージョンもある。もちろん私は、そちらも収めた完全版を入手しているが。

 ストーンズ風のアップテンポのみならず、初期のビートルズからチャック・ベリーにさかのぼる典型的なロックン・ロール、卓越したギタリスト山口富士夫が奏でるブルーズやブギウギ。どれもが信じがたいばかりの水準の高さで、当時は「頭脳警察」もいたが、音楽的な先駆性と容量では、ジャンルも後の展開もまったく異なるが「はっぴいえんど」と双璧をなす、そんなふうに私は受け止めてきた。それにブルーズといえば、同年の9月、やっぱり西部講堂で行われた、ウェストロード・ブルースバンドと憂歌団のジョイントコンサートが、70年代に隆盛する関西ブルーズの皮切りとなっている。

c_nina27-5 あるミュージシャンが初めてパンクを聴いたとき、「これ、村八分じゃん」、そうこぼしたと聞いている。確かにその先駆にもなりうるし、10曲目の「ぐにゃぐにゃ」なんか日本語だと考えなければ、セックス・ピストルズがやってると言ったって何の違和感もないだろう。ねえ、ジョニー・ロットン。さらに10年をこえ、グランジのニルヴァーナにまで突き抜けるような志向がすでにこの73年で貫かれていた。ある意味でロックの「王道」をゆく者たち。ロックじゃないとできなかった、かつて一度も表現されなかった、頑なに強固な、何ものか・・・・しかもその傍らにはブルーズが爪弾かれ、60年代までのロックの原型が踏まえられ・・・・大したもんだ、といつも聴き返しつつ、そんなコンサートの聴衆の一人になったのは物怪の幸いなり、と僕はひとりで思わされてしまう。

 14曲目が終わり、チャー坊はとどめとばかり、またしてもただ見の観衆を「ないがしろ」にした。「あんまりのらないのでもうやめるから、あと一曲ね」と毒舌を吐く。アンコールもなかった。

 時代は移り、まさにパンク吹き荒れる頃だと記憶する。同じ西部講堂の連絡協議会ボックスで、一度だけオフステージのチャー坊に会ったことがある。舞台の方から二人連れで入って来た知人から、「こちら、チャー坊です」、いきなりのご紹介を受けた。挨拶に添えて私からも、あのコンサートに行ったことを告げる。言葉を返さないが、ステージでの「凶暴さ」とは打って変わったシャイな笑みを彼は浮かべた。そのチャー坊も、山口富士夫も、いまでは鬼籍を弾き語る。それでも稀有なレコーディングを通じて彼らの叫びとリズムには変わらず身を任せることが出来る。この世にいる。何かがことごとく揺さぶられていく・・くりかえし・・またくりかえし・・

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 ではこれにて。ル・プチメック日比谷での開店に、心からの祝意と敬意を込めながら。


著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

文芸作家。1954年京都市に生まれる。
長篇『空の瞳』(現代企画室)で2003年にデビュー。かたわら今日まで、通信誌やホームページに数多くのコラムや論評を執筆
『子どもと話す 文学ってなに?』(2008 現代企画室)
『新たなる死』(2013 河出書房新社 作品集冒頭の「コワッパ」はル・プチメック今出川店に取材する)
『迷宮の飛翔』(2015) 『スピノザの秋』(2017 いずれも河出書房新社)
この2点は長篇の連作『ユウラシヤ』のプロローグと第1部にあたる。
次回作品『ゲットーの森』(仮題)は2019年に刊行の予定。