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4月 赤福

 4月はぼくの生まれ月だ。どういう訳かここ数年の誕生日は、東京に居ないことが多い。去年は浜松だったし、その前の年は鎌倉だったし、その前は鹿児島だったはずだ。そういえば何年前だったか、誕生日がロサンゼルス出張と重なったことがある。誕生日の夕方5時過ぎに成田空港を出発し、10時間弱のフライトを経てロサンゼルス空港に到着したら、日付変更線を越えたので同じ日の午前11時前だった。その年は時差を含めて誕生日が40時間も続いたことになる。
 今年はどこでこの日を迎えることになるだろうか。できれば、新幹線の名古屋か京都か大阪か神戸か、そこを経由して行ける場所がいいと思っている。どうしてかというと、いずれの都市も新幹線の駅で「赤福」が買えるからだ。
 赤福を買ったことのある人ならば、桜色の包みを解いた時、箱の上に木べらと一緒に長方形の紙がのっていることを知っているだろう。表面には木版画の美しい絵が、裏面には伊勢の四季折々の風物詩を綴った短いながら味わい深い文章と日付が印刷されている。この栞は「伊勢だより」と呼ばれ、1年365日、すべて絵柄と文章が違っていて、コレクションしている人も多いらしい。ぼくも捨てずに取っておくが、その都度、違うところにしまうので、自分がどのくらいの枚数を持っているかはわからない。ただ、自分の誕生日の「伊勢だより」はまだ手に入れられていないということだけは確かだ。要するに、誕生日に赤福を食べたいということではなく、誕生日に赤福を買いたいのである。その日の伊勢だよりは、いったいどんな絵柄なのだろうか。
 赤福といえば、料理家の友人と激論を交わした日のことをいつも思い出す。赤福は餅が美味しいのか、それとも餡が美味しいのか。彼は餅、ぼくは餡だと主張して互いに一歩も譲らない。箱の中にきれいに並んだ赤福をひとつ取り出す時、ぼくは隣の赤福の餡をかすめ取るような感じで斜めに木べらを入れる。真横から見ると、きっとぼくの取った赤福は跳箱を逆さまにしたような形をしているだろう。ところが彼にとっては餡は少ないほうがいいらしく、むしろ餡を避けるように木べらを使うと言う。そこまで話してようやく気づいたのだが、ぼくら二人が一緒に赤福を食べれば、お互いにとってとても幸福な状況が生まれるではないか。なんだそういうことかと、この論争は平和裡に終了した。でも、それから彼と一緒に赤福を食べる機会が一度も訪れない。あいつは元気なのだろうか。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月14日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。