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二十七杯目 僕と桜と一周年

大量の桜の花びらは、いったい誰が掃除しているんだろう。目黒川にあらわれる花筏を見るたびに、人々の関心をよそに、ひとり別のことを考えてしまう。

昔からそうだった。映画を観ても、ドラマを観ても、素直にストーリーを追うことができなかった。カメラのアングルや、登場人物のちょっとした台詞が気になりはじめると、話に集中できなくなる。「もっと、まっすぐ楽しみいや」と、昔の彼女によく叱られた。

小説はいい。好きなように、その世界を思い描けるから。上手な作家は、説明すべきところはしつつ、読者に想像の余地を与えてくれる。おかげで僕は、登場人物の住む家から、美味しそうな料理まで、自分の理想通りの世界に浸ることができる。

でもなぜか、ヒロインの顔だけは、いつも少し影になっている。美しいヒロインは、美しい人として僕の頭の中に存在しているんだけど、その顔は雲がかかって、はっきりと認識できない。とても不思議なんだけど、変だなと思ったことは一度もない。

お花見が好きだ。でも僕には、家族みんなで花見をした記憶がない。あるんだろうけど、思い出せない。両親とも忙しかったので、花見やキャンプといった行事がほとんどない家だった。

休日、墓参りと祖父母のお見舞いだけはよく行った。働く親が好きだったから、そのことを寂しいと感じたことは一度もないけど、大人になってから、その反動のように、友達と何か企画している。

毎年花見をするようになったのは、東京に住むようになってから。コンクリートジャングルなんて使い古した言葉があるけど、東京には桜のある大きな公園がたくさんある。この素敵な公園が、避難所となる日が来ませんように……。ほらまた、僕は別のことを考えている。

最近知ったんだけど、うちの店長は、花のなかで桜が一番好きらしい。ほぼ毎日顔をあわせてるのに、花に興味なさそうな彼の意外な言葉に、また彼を好きになる。

そんな彼に支えられ、「BARトースト」は4月で一周年を迎えます。あっという間でもあったし、ようやっとこさでもあった。常連さんたちから「まだ一年? もう二年ぐらい経つ気がするね」と言ってもらえるのが、一番嬉しい。

ささやかではございますが、4月20日にパーティーを催します。はじめましての人も、お久しぶりの人も、良かったら遊びにいらしてください。当日は、日比谷まで遠回りして、僕の好きなパンを買いに行こう。


著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスターのひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

BARトースト』のマスター
コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。