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月の本棚 四月  おいしさの錯覚

原題”GASTROFHYSICS”(ガストロフィジクス)とは、人が食べものや飲みものを味わうときに、五感に作用する要素を研究する学問のことだ。

何を食べるときでも、私たちは雰囲気や環境の影響を受ける。それは食事をどれだけ楽しめるかを左右する。料理の名前、皿の形、カトラリーの質感などもである。料理そのものではなく「そのほかの要素」。それを研究しているのが著者の、チャールズ・スペンス博士だ。

「食べものが差し出され、消費される場所には必ず雰囲気がある」とスペンス博士は言う。私にとっても雰囲気などの要素はいつも興味の対象で、執筆の大切な素材となってきた。

「そのほかの要素」に留意することで、食事をより健康的に、あるいは、より記憶に残るものにできる、ということが、ガストロフィジクスのさまざまな調査や実験で明らかになりつつある。それらは、本の帯に「しけったポテトチップスは、ヘッドフォンさえあれば、パリッとおいしくなる!」とあるように、誰かに話したくなるおもしろさだ。ポテトチップスは聴覚によって起こる錯覚の話だが、味覚はそんなにあてにならないものなのだ。いま、「味覚」と書いたけれど、味と思っていたのは純粋な味ではなく、音や香りによって脳が錯覚しているかもしれないのだ。

人は、食べている途中にその食べものの味を変えても、ほとんど気づかないそうである。外皮に塩分の多いパンを例にあげると、一口かじったその塩味を、残りの部分も同じと脳が解釈して、想像で塩分を補うことがあるという。より健康的な食のために、食品企業はこういうトリックを利用する。将来的にバーチャルリアリティで、ある(健康的でないけれど魅力的な)ものを見て、それを食べていることを想像しながら、それとは違う(健康的な)ものを食べる日がやってくるかも、という予測には、なかなか気持ちがついていけないのだが。

おいしくて、記憶に残る料理は、親密で個人的な体験に基づく。究極は「あなた」が「私」のために目の前でつくって手渡してくれたものだと私は思う。たとえば母の料理の切実なおいしさを思い出す。それに近いものを、窯の前でパン職人がちぎってくれたパンのかけらや、鮨職人が漆のカウンターに置いた握りたての鮨にも感じることがある。

鮨は個人対個人のパフォーマンスだ。そして、指でつまむという食べかたは、星つきの最高級レストランでも最近よくあるそうだ。翻訳者の長谷川圭さんは、この本を訳すうちに、図らずも日本料理のすごさに気がつく。博士が提案している「より健康で、満足度の高い、五感をフルに使った”マルチセンソリー”な食事方法の多くは、日本食(料理だけでなく、その食べ方も)に反映されているのである」。目や耳でも味わい、一品ずつ異なった味つけや食感を楽しむ。だから日本食は訪れた外国人にとって常に印象的な記憶となるのかもしれない。なんだかこの「落ち」が、最も味わい深く、誰かに話したくなった。

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『 「おいしさ」の錯覚 』チャールズ・スペンス著 長谷川圭訳 (角川書店 2018)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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