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蛸のサンダル 第23話 呑気

今年の初めに謎のじんましんになった。
まだ症状は完全には治まっていないところをみると、慢性じんましんというものらしい。いろいろ検査はした。原因はわからないが、どうやら食べものではないらしい。「じんましんの7割は原因不明なんですよ」と冷たく言い放つ女医さんに、そんなふうに言われてもなとブルーになる。

きっかけと思うものを片っ端から処分した。
巨大化してエアコンの下で花粉をまき散らしていたカランコエ(多肉植物)。これなんかもはや最初の可憐さはおもかげもなく、金のなる木のようにゴツゴツと枝葉を伸ばしている。かわいそうだが植木屋さんに引き取ってもらった。
その花粉がついたと思われる床、家具、ファブリック、ブラインドの一枚一枚から壁紙まで掃除した。もっともアヤシイと思ったのは加湿空気清浄機で、掃除していないとカビをまき散らすと言われたのでフィルターを全交換し、加湿器パーツはクエン酸洗浄も徹底した。
それでも治らないので、医者はこれをストレスのせいだと言う。
そうか、ストレス。ストレスは、誰でも持ってますよね? まあ、医者がそう言うのだから、ストレスを抱えないように、のんびり朗らかに生きていかなければならない。わたしが仕事中楽しそうにニコニコしてても、これはあくまで治療なのであります(ちがう)。

レストラン雑誌を担当していた頃、猛烈に胃のあたりが痛んで食事ができなかったり、アルコールがしみてひっくり返ったことがあった。しかし「レストラン雑誌の編集のくせに胃が痛いとか?」とある時に嗤われ、それから誰にも言えなかったのだった。
ある日、渋谷の『神南軒』で、会食をしていた時のこと。やはり胃がしくしくと痛んできて、食事が進まない。会食相手に悪いと思って、わたしは電話をかけるふりをしたり化粧室に行ったりして中座した。ところが相手にはすっかりバレていて、何の嘘なんだ、おれとの会食が嫌なのかえ?と鋭い眼光で詰め寄られたのだった。

しかたなく白状すると、相手のオヤジ様は「で?」と言う。薬は何を飲んでいる、そりゃ胃酸を出す薬で反対だ、あんたのそれは胃酸が出すぎの胃炎に違いないから、明日医者に必ず行きなさい、今日はもう食べなくていい。
おかげさまで大ごとにならずに済んだ。ああ言ってもらえなかったら、わたしはそれからきっと胃に穴が空いていまごろ大変なことになっていたに違いない。恩人となったオヤジ様を、今回はご紹介します。

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京都・カランドの川村裕文社長。東京の日本橋にできたばかりのル・ショコラ・アラン・デュカスで偶然お会いして、描いていただきました。「描くよ、描くよ、何描けばいいの」と満面の笑み。グラフィックは、そうそう、お手のものでしたね。

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川村さんの蛸サン。ペンが青ボールペンしかなくてすみません。線は細くても関係ない、元気いっぱい、星が飛んでます。口が鼻になって口ができたけど、なぜか男前やねえ、という蛸になりました。

川村さんは、祇園にある和食店「八咫(やた)」のオーナーであり、他にも数店を手がけるほか、店舗プロデュース多数。有名なところでは東京駅の「キッチンストリート 黒壁横丁」の総合プロデュースを手がけている。もともとはグラフィックデザイン出身、広告代理店勤務を経て、飲食業界に飛び込んだ。魅せる、売る、美的センスの才に加えて、おいしいものが好き、人が好き、面倒見良しという飲食業にぴったりのお性格が愛されて、京都のちょい悪オヤジとして人望を集めていらっしゃる。

息子さんが二人。長男は穏やかで真面目なお性格、次男は快活で営業向きの人懐っこさ。子どもを見れば親がわかるというが、二人の好男子にお会いすると、川村さんという人が、色っぽくてちょい悪の、呑んべいの豪放磊落オヤジのように見えて、実は真面目で、心遣いのきめ細やかな良識人なのだということがよくわかるのであります。

あれからわたしも大人になって、会食などで無理もせず、胃が痛いときは隠さずに言うことにした。すると、とあるデリそうざいの有名社長などはガハハハと大笑いして「アサイさん、揚げ物食べ過ぎて逆流性食道炎だなんて、仕事中毒なあなたらしい。僕もね、実は揚げ物業態つくる時になったんですよ!」と言って、親身に励ましていただいた。枕を高くして寝なさい、の教えは、物理的に高くの意味もあるだろうが、気を大きく持て、と言う意味なのだと思って大事にしている。

いろんな方に教えてもらい助けてもらって現在がある。だから、きっと、謎のじんましんにも意味があり、これからいいことがあるのだ。そう考えることにして、今月も蛸サンを書いて、呑気に笑って頑張っていきたいと思うのであります。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。