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フィンさんの想い出

4年前のゴールデンウィーク前半はアイルランドに滞在していた。西部の田舎町で行われる伝統音楽のフェスティバルも目的の一つだったが、もう一つ、自宅のDIY作業中の転落事故により重傷をおい入院していた友人フィンさんのお見舞いという別の大きな目的があった。

私がアイルランド音楽に興味を持ち始めた1990年代、アイルランドやアメリカから来日するミュージシャンのコンサートは数少いものであった。そんなころ、日本に住む友人をアメリカから訪ねてきては、日本で広まりはじめたアイルランド音楽のセッションに参加してくれる、希少なミュージシャンの一人がフィンさんだった。ダンス曲を独特なチューニングのギターで伴奏する姿も好きだったが、なによりフィンさんの歌う声が大好きだった。その後10年くらいの間、毎年のように日本に来てはセッションや小さなギグで一緒に演奏させてもらった。結婚式でも演奏を披露してもらったり、フィンさんの住むシアトルに遊びに行った時にはパブのギグに混ぜてもらったりもした。

8年ほど前、フィンさんがアメリカで組んでいたバンドをやめ故国アイルランドに帰り新しい生活を送っていた頃、アイルランドへ訪ねていったことがある。夜は街のセッションにでも行こうと話していたが、夕方から嵐のような豪雨になってしまったので、家でゆっくりビールを飲みながら沢山の昔話をした。今思うとフィンさんの声を聞いたのはあれが最後だった。

今年4月24日 病院から戻ることもないまま、フィンさんは旅立ってしまった。偶然にも4年前のお見舞いにいったその日だった。

「バンド組むって結婚するみたいなもの、苦楽をともに成長できたら良いよね。それでも色々なことがあるよね。」
フィンさんがあの嵐の夜に言っていた言葉と、
「フィンはツアーばかりで家にいることが少なかったわ。でも今はこうしてずっと一緒にいることができる。そういう風に思っているのよ。」
フィンさんの看病をしていた奥様のタマラさんが病院で言っていた、
二つの言葉を思い出すたびに涙がとまらない。

cof
※(写真は)Finn Mac Ginty  May 2, 1955 – April 24, 2018
Live at the White Horse Tavernより

 


著者プロフィール
月刊連載『パイント・オブ・ギネス プリーズ!』毎月8日公開
icon_naga長濱武明(音響空間デザイナー・アイルランド音楽演奏家)

1992年に初めて訪れたアイルランドでアイルランド音楽と特有の打楽器であるバウロンに魅了され、以来十数回の渡愛の中で伝統音楽を学び、建築設計の実務も経験する。現在は音響空間デザイナーとしての業務をこなしながら、国内におけるバウロンプレーヤーの第一人者として国内外で演奏活動をする他、プロデューサーとしてコンサートやワークショップを主催している。
バウロン情報サイト バウロニズム https://www.facebook.com/Bodhranizm