title_tk

1. アントワーヌ少年の朝食

c_tk1
「さすがに足が震えました」これは先ごろ、「万引き家族」が第71回カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した是枝裕和監督の受賞第一声だが、世界の大舞台で認められた快挙に先ずは、心から拍手を送りたい。

「さて、映画を心の支えの一つとしている私なのだが、心に長く焼き付いているフランス映画のシーンをこれから少しずつご紹介して行きたいと思う。

先ずは、ヌーヴェル・ヴァーグの監督フランソワ・トリュフォーのデビュー作『大人は判ってくれない』の場面。遅刻しそうになった主人公アントワーヌ少年は母親の渡すバゲットをしっかと受け取り、角砂糖と共に手に取りあたふたと出かける。高校生の頃にこの映画を観て、あ、フランス人は忙しい朝ご飯にこれを食べるのか、と妙に納得した。ジャムを持って行くわけに行かないとき、角砂糖なんだ。テーブルについて朝食を食べる時間がないとき、日本人だったらおにぎりを作ってもらって出かけるかもしれない。フランス人ならパンと角砂糖をひっ掴んでパッと走り出す。なるほどね!

慌ただしく家を出たアントワーヌは親友のルネに呼び止められる。そしてバゲットを齧りながら学校に向かうのだが、パンはパリパリと音をたてていかにも美味しそう!ああ、焼き立てのバゲットを朝ご飯に食べられるフランス人が羨ましい!!あのシーンは、何かと息子に邪険なアントワーヌのお母さんが「ホラホラ早く出かけないとダメよ」ときつい口調で、まるで追い出すように息子を急かす場面で、観ているほうはハラハラする。しかし美味しそうなパンが、そのネガティブな気分を帳消しにしてくれる、五感を刺激する場面だ。

『大人は判ってくれない』はタイトル通り、周囲の大人に理解してもらえない子供を描いていて、モデルはトリュフォーと思われる。ストーリーは明るいとは言えないけれど、主人公アントワーヌの生命力の強さに元気がもらえる。そうだ、子供だって大変なことを大人は分ってくれないけれど、そんな無理解なんかどうでもいい!子供は子供で夢の実現に向かって進むんだ!というメッセージが伝わってくる。そして、バゲットの香ばしさが画面から匂い立つようなシーンの魅力もあり、私は何度、この映画を観たことだろう!子供は大人の言うことを聞いてりゃいいの、と言わんばかりの上から目線にめげない自由な活力が溢れていてうれしかった。

バゲットと角砂糖のシーンも好きだが、夜明けのパリで、こっそり牛乳を盗み飲みするシーンも素晴らしい!モノクロ映画の美学の粋と言っても良いのでは。三合瓶と呼ばれるガラスの牛乳瓶が随分前にあったが、あ、あれフランスにもあるんだ!と膝を打ってしまう。そして最後にアントワーヌが走りに走って海辺に出て、遠くに視線を馳せる場面の感動的なことと言ったら!念願の海が見られて、ほんとによかったねアントワーヌと、拍手を送りたくなる。

ヌーヴェル・ヴァーグの映画はのびのびした俳優の演技が身上だが、監督からの目配せのようにあちこちに見られる美味しそうな食べ物、飲み物のシーンの楽しみも欠かせない。挙げて行ったらきりがないような気もするが、好きな順番に書いて行けたら、と思う。お付き合い頂けましたら幸いです。

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂