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6月 ねぶと

 ぼくは自分の食べたものを写真に撮る癖があって、ときどきそれを眺めていると、肉よりも圧倒的に魚料理が多い。同じ魚なのに、成長の度合いで名前の変わるものもあるし、地方によって独特の呼び方があるものも多いから、どこかに旅に出て食堂などに入ると、これはいったい何なのだろうというものに出くわす(ギョッとする名前の魚というダジャレは控えておこう)のがまた楽しい。
 岡山の〈ターブル・ハラダ〉というフレンチレストランのメニューを見ていたら、前菜に「ねぶとのフリット」という料理があった。カミさんが「ねぶとって何?」と、ぼくに訊く。前に食べたことがあるような気がするけれど、すぐに思い出せなかったから、お店の人に尋ねた。「テンジクダイです。福山で獲れた小魚です」と言われて、ちょうど1年ほど前に、尾道の居酒屋で味わったものだったことを思い出した。あれもたしか唐揚げだった。
 ねぶとは、魚の頭の中にある耳石と呼ばれる骨が大きいため、小魚にもかかわらず頭から丸ごと食べることができない。だから頭を取る下処理が大変なのだと、その店で詳しく聞いた記憶がようやく蘇ってきた。そしてその店で食べた、別の魚「にろぎ」のことも。こちらは一般的な名前は「ひいらぎ」というらしいのだが、そちらの名前も聞いたことがない。にろぎも小魚で、日干しして焼いて食べるそうだ。その居酒屋では柊の葉に似たその平べったい魚を、まんなかで真っ二つにしたものを皿に盛って出してくれた。酒がいくらでも進む、とても危険な魚だった。ちなみににろぎは秋が旬らしいが、丸干しだからこの時期にも食べられたのだろう。
 注文したねぶとのフリットがテーブルに運ばれてきた。ハーブも唐揚げされて、ねぶとの上にのっている。きちんと名前を聞けばいいのに、もう一刻も早く味わいたくてやめておいた。だからぼくは無知なままなのだ。そしてフランスのジュラ地方の白ワインをいただく。フランスの中でもっとも海から遠い地方のワインなのに、どうしてこんなに瀬戸内の小魚と合うのだろうか。おそらく地元でほとんどが消費されてしまう瀬戸内海の小魚と、遠くフランスの山地から運ばれてきたワインを組み合わせられる日本というのは、やっぱり食に関しては素晴らしいんだなということを、あらためて噛み締めた。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月14日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。