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放蕩息子(The Prodigal Son)

(コラム「一路多彩」も今回30回記念となります。ちょっと長めです。お付き合いください。)

「さて、彼がまだ遠くにあった時、彼の父親は彼を見て、断腸の想いに駆られ、走って行って彼の首をかき抱き、彼に接吻した。」(新約聖書ルカ文書 15: 20b)

 スライドギターの名手ライ・クーダー(Ry Cooder)の6年ぶりの新作が出た。彼の音楽に初めて接したのは1972年に発表された3枚目のアルバム Boomer’s Story で、あれからもう46年になる。北米にとどまらず、メキシコからハワイ、沖縄、西アフリカ、そしてキューバなど、「ワールドミュージック」と呼ばれる広がりの中にも共演を積み重ねてきた。その彼が今回はアメリカの、それもキリスト教にこだわる。と言っても信仰を伝導しようというのではない。古いカントリー・ゴスペルのカバーも含め、信仰の在り処、その依って立つ現実を問い直し見つめ直す歌を絶妙の演奏に包んで折り重ねる、とても魅力的なアルバム構成だ。5月14日に私はLPを入手した。A面の出だしに触れてから、オリジナルとカバーの1曲ずつを選んで、歌詞をご紹介しよう。

Straight Street(真っすぐな道)A面1曲目冒頭はこんなふうに切り出される。

ずっと私はブロードウェイ暮らしで、あの嘘つきの家のすぐ隣りだった・・・・
そいで引っ越した、引っ越していまは真っすぐな通りに住んでいる

 「真っすぐな通り」は「実直な道」「筋道の立った通り」とも読めるが、いきなり出てくる「嘘つき(the liar)」とは誰のことだろう。ニューヨークに全く不案内な私には見極めがつかない。お分かりの方はご一報ください。少しは推測も立つんだけど。

 Straight Street の原詩 → https://www.azlyrics.com/lyrics/rycooder/straightstreet.html
 スタジオライヴ → https://www.youtube.com/watch?v=x-jtGorNE7Q

The Prodigal Son(放蕩息子)A面5曲目にいよいよアルバムのタイトル曲が登場する。

 聖書に見える有名な譬え「放蕩息子の帰還」。下の息子が身を持ち崩す。家を飛び出し、財産を使い果たして落ちぶれる。罪を悟って帰還する。父は大歓迎の宴を催すが、ずっと離れず実直に農業に勤しんできた上の息子は腹を立てる。「ぼくには、山羊ひとつくれたことがないのに、あなたの資産を散々食いつぶして帰ったこいつにはよく肥えた仔牛を屠るんですか」と。そこで父は答える。「子よ、お前ならいつも私と共にいる。私のものは全部お前のものだ。しかしこの弟は死んでいたのに生き返った、行方不明が見つかった、これが喜ばずにおられようか」・・・・それではRy Cooder の放蕩息子はどんな次第か。彼も悔い改めて真理を見出したようだが、ちょっときっかけが違うようだ。ここでは歌詞を散文化する。

 で、何しろあの息子ときたら、こっちの言うことは何にも聞こうとしない、それはひどいやつでした。ところがね、家を飛び出してから(gone astray)気がついたっていう。僕は道を踏み外したんじゃなかろうか・・・・

     私は信じてる、私は信じてるよ、あいつは家に帰ってくるって(3回リフレイン)
     かくてあいつは神にもお仕えをするんだと

 そいであいつ、ほんとに帰って来たんですよ。やってくるのを見ると、私ゃもう嬉しくて笑顔で出迎えました。両手を差し出し抱きとめながら、いとしい我が子よ、と声もかけて・・・・

     私は信じてる、私は信じてるよ(以下同前)

 それから、ちょっと落ち着いたところで私は尋ねました、おまえ、何でこんなにも長く出かけたんだってね。おまえはこの世に見切りをつけた、そしてこの至福の家だって忘れ去るところだった。
 すると道楽息子はこんなことを言うんです。お父さん、僕は本物の宗教を探し求めたのです、だけど信念も平和も何ひとつ見つけることはできませんでした(えらく高尚なことを言うもんです)。ただそれもね、父さん、ベーカーズフィールド(Bakersfield)という名の、あのささやかな場所にたどり着くまでのお話です。何を隠そう、あそこが僕の悩ましい心を本当に癒してくれたのです。(Bakersfield?)

     私は信じてる、私は信じてるよ(以下同前)

 息子はさらに続けます。僕はとある酒場に迷い込んだ。ちょうどバンドが演奏中でした(playin’)。スチールギターが余りにも甘美で、僕は何だかお祈りをしているような(prayin’)気分になりました。そこで、見目麗しいウェートレスに尋ねたのです、これは新しいお説教でしょうかと。
 すると彼女はすごいことを言いました。敬虔なるお客さま、ここには神をのぞいていかなる神もございません。ラルフ・ムーニー、それがあの方のお名前です。
 思わず僕は声をかけました。ムーニーさま、あなたの灰皿(your ashtray)を空っぽにさせて下さい、酔っぱらいがお邪魔をするようなことになったら、私はとても悲しくてなります。でも、あなたがステージのそこに腰を下ろして、まるで仏さま(Buddha)のようにギターを弾かれるのであれば、さぞや私は至上の悦びを得ることでしょう。
 と、まあ、こんなこと言うので、私もまたあいつに尋ねたんです。するとお前は甘い香りにも浸されて、かの奏楽天使に耳を傾けたのか、と。
 私の道楽息子はすぐに答えました。くすんだ光、立ち込めるタバコの煙、そして喧しい、喧しい音楽こそが、私の知るただ一種類の真理となることでしょう・・・・

 つまるところこの放蕩息子の探し求めたものとは、妙なる、永久なる、ひと夜の芸術だろうか・・・・いっぽう現実に立ち戻って今回のアルバムのメンバー一覧を見ると、1曲を除いて、あとは全て Ry cooder とJoachim Cooder(ドラムス担当)の父と息子で演奏されている。こちらは何ともはや、大した孝行息子らしい。

 The Prodigal Sonの原詩 → https://www.azlyrics.com/lyrics/rycooder/theprodigalson.html
 スタジオライヴ → https://www.youtube.com/watch?v=HEUIZWyieAk

 さて、いま「1曲を除いて」と申し上げた、そのナンバーがB面冒頭に収められた You Must Unload だ。

You Must Unload(汝捨て去るべし)

 あの世界恐慌の前の年、1928年のBlind Alfred Reed の原曲をアレンジしている。Reed は白人のカントリー系で、Blind とあるように視覚障害があり、街頭の演奏でも収入を得たという。日本語で言う「流し」。路上歌手。訳詞の中に3回出てくる「キリスト教徒」の中で最後のものが、原曲にはない Ry Cooder のアレンジになります。

さて、汝、おめかしに夢中のキリスト教徒たちよ(you fashion-loving christians)
おかげでこっちはすっかり憂鬱になる
汝、捨て去るべし、汝、捨て去るべし
そんな宝石を鏤めたハイヒールでは、天国へは決して行かれないのに
汝、汝、捨て去るべし

だって道は品行方正、実直にして、たどれる者の数はごく限られ
兄弟姉妹たちよ、それ以外の望みはないのだから
もしも天国を求め、そこに開かれる常しえを望むのであれば
汝、汝、捨て去るべし(この4行は以下に2回リフレインする)

さても汝、お金に目がないキリスト教徒たちよ(you money-loving christians)
おまえたちは然るべき分担の支払いも拒む
汝、捨て去るべし、汝、捨て去るべし
天国に行くのも、いちばん格安の運賃で済ませようとする
汝、汝、捨て去るべし

だって道は品行方正・・・・(4行リフレイン)

さても汝、力を愛でるキリスト教徒たちよ(you power-loving christians)
意匠もこらした一等の食堂車に乗り込んで
汝、捨て去るべし、汝、捨て去るべし
目に入るのは、ウィスキーを飲み、どでかい葉巻もくゆらすその姿
汝、汝、捨て去るべし

だって道は品行方正・・・・(4行リフレイン)

 このキリスト教徒たちとは、誰のことか? 曲と演奏の素晴らしさに心動かされた筆者は、この疑問も記した長いリクエストメールをよく聴くNHKFMの番組宛てに送ってしまった。週末の朝、前の週にもすでに同じ新譜から2曲の紹介があり、2週も続けて選ばないだろうと思っていたが、取り上げられた。ほかにもリクエストする人がいて、やっぱりと思いつつ、でも自分の文は読まないだろうとたかをくくって(?)いたところが、何と(!)そちらも読んでいく。それも最後まで。まさか・・・・?? と思っていたら、耳慣れた家族の声がする。「もう9時ですよ」。しまった! と思ったものの、すでに手遅れだった。番組は9時で終わりだから、まあ、仕方がない。夢であれ現であれ、DJ氏の選曲には感謝している。

You Must Unloadの原詩 → https://www.azlyrics.com/lyrics/rycooder/youmustunload.html
(扉のライ・クーダーの写真はLPアルバムのジャケット裏面より)


著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

文芸作家。1954年京都市に生まれる。
長篇『空の瞳』(現代企画室)で2003年にデビュー。かたわら今日まで、通信誌やホームページに数多くのコラムや論評を執筆
『子どもと話す 文学ってなに?』(2008 現代企画室)
『新たなる死』(2013 河出書房新社 作品集冒頭の「コワッパ」はル・プチメック今出川店に取材する)
『迷宮の飛翔』(2015) 『スピノザの秋』(2017 いずれも河出書房新社)
この2点は長篇の連作『ユウラシヤ』のプロローグと第1部にあたる。
次回作品『ゲットーの森』(仮題)は2019年に刊行の予定。