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蛸のサンダル 第25話 風

強い風が吹いている。昔の人は、全てが神の御業だと信じていたから、風ならば風神、雷は雷神という神様が、雲の間から地に向かって送り込んでいるのだと考えた。本当に心からそう思っていたのかは、同時代人でないからわからない。擬人化する”遊び”だったのかもしれない。星座に名前をつけたように。花に名前をつけたように。なぜそこにそれが存在し、なぜ地球や太陽や星や宇宙があり、なぜ気象現象が起こるのか問いかけたときに、一つの理由として考え出したことは間違いがない。昔から、なぜ?に対しての理由が必要だったのだ。つくづく人間は”理由”が好きな生き物だと思う。

「蛸のサンダル」とふざけた名前をつけて、一流の方々に無茶振りでイラストを描かせる本コラムも、気づけば25回目。なんと3年目に突入している(祝)。皆様のご協力の賜物であるのはもちろんなのだけど、思うに続けてこられたのは、コラムを書く”理由”をゆるく設定したからだ。当初、コラムを書くという話が舞い降りた時に依頼されたのは、「なんでもいいんだけど、できたら外食企業の偉人たちのエピソードを…」ということだった。忘れてはいないのですよ! でも、それよりきっと流れに身をまかせて、行く先々で出会うVIPたちに「蛸の絵を描いて」となったことが、かえって良かったのではないかと今では思っているのであります。過去は大事だけど、やはり我々は、現代を生きていかなければならないのであります。

と理由をつけて正当化し、3年目もこのスタイルを踏襲していくつもり。何しろ「俺はまだ”蛸を描いて”と言われてないんだけど」とこっそり練習する方々もいるらしいとの噂。サイトオーナーに「もういいです」と言われるまでは頑張りますので、よろしくお願いします。それにしても……、余談だけど、某国民的アナウンサーの方はオンラインブログを見た版元から「本を出しませんか」と誘いがあったとご著書に書いていらしたが、わたしには全くそのような兆しもないのである。まあ、確かに本は毎日作っているので、別に作りたいわけでもないけれど。オファーこないかな……(書きたいのか)。

さて、今回は「アサイさまの冷蔵庫番と呼んでください」とうそぶく、百貨店の食品担当部長様を紹介します。三越伊勢丹の村山慎一さん。詳しい御職歴はあまり知らないのだが、日本中の食品の産地に足を運び、名品を発掘してきたスゴ腕な方。高知の農家さんの集まりで知り合いました。当意即妙な受け応え、笑顔を絶やさない柔和なスタイルは、第7話に登場した雨宮さん対照的ながら、仲の良いお二人は実質的に三越伊勢丹の食品のツートップと言っても過言ではないらしい。

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高知の深夜食堂のカウンターでイラストを描く村山さん。またもやリモートでお願いしました。

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村山さんのタコ。ご本人を描いたようなスマイル。好きなものを腕にしっかりと抱きしめてます。鰻とトウモロコシが好きなのね。

村山さんは野球好き&マラソン好きでデニムコレクター、お酒とおいしいものが大好き。そういえば最初の頃、村山さんに聞いたことがある。「伊勢丹に入社するには?」村山さんが言うには、伊勢丹は一芸入社、一芸に秀でていないと入社できません、との答えだった。が、彼が一体何を得意として入社したのかは未だ聞けないまま。ただ、小学生の時、村山少年はお年玉やお小遣いを貯めて、電車に乗り、遠くにあるお目当てのお店まで食べ歩きをしていたそう。当時から本物の食いしん坊。中学、高校と食べ歩き熱はおさまらず、免許を取ってバイクに乗り、徐々に排気量を大きくしたのも、遠方の店まで速く行けるから、との理由からだったという。さすが”わたしの冷蔵庫”のトップに上り詰めるに相応しいお方。

わたしの友人は知っているが、わたしが新宿伊勢丹を”わたしの冷蔵庫”と呼んでいるのには、ちゃんと理由がある。何にでも理由があるのだ。父の実家アサイ家はもともと新宿の伊勢丹のすぐそばにあった。だから、当時はまだ生鮮売り場があった新宿中村屋、新宿高野、新宿商店街の肉屋さん、魚屋さん、そして伊勢丹で日々の買い物をしていた。曾祖母は新宿区内で下宿を営んでおり、そこに伊勢丹の当時の店長さんが住んでいたとかいないとかで、祖母が家族を連れて伊勢丹に行くと店の奥から店長が「アサイさま〜〜!!」と飛んできたという嘘のような話が残っている。父の代になってからも伊勢丹通いは毎週続き、いつも行っているのに大晦日になると伊勢丹に行かなくては年がおさまらないという、それだけ聞くと実に感じの悪い一家に育ってしまった。父はつきあいで他のほとんどの百貨店の外商部には名を連ねていたのに、伊勢丹だけは外商部を通さなかったのは、身近だったからだと想像する。だから、わたしが伊勢丹を(新宿だけだけど)わたしの冷蔵庫と呼んでも、鼻持ちならないとか他の百貨店がかわいそうとか思わず、ご寛容に許していただきたい。接客が素晴らしいとか品揃えがいいとか高級で最先端なものがいっぱいとか、そういう理由ではない。ご近所さんだったから、が理由なのであります。

とはいえ、それが何かの役に立つ事かというとそうでもなくて、今ではお店に行っても誰もわたしのことなど知りもしないし、飛んでくることもない。一人のユーザーに過ぎなくて、たまに不満があると、恐る恐る村山さんや雨宮さんに言ってみるのだが、彼らは内心どう思っておいでなのかはともかく「あねさん、最近お小言多いんじゃないの」と茶化されておしまい。全くもって影響力のかけらもない。風が吹けば桶屋が儲かるように、わたしが何か言えばお店が超儲かる、ぐらいになれればいいんだけども、ふう、と息をつくと、村山さんは「またいつでも棚を磨いてお待ちしております」と満面の笑顔でぺこり。はいはい、しょうがないからまた行きます、とすぐ術中にはまってしまうのでした。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。