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2. マリアンヌのアパルトマンでの朝食 (横浜フランス映画祭報告とあわせて)

 6月21日から24日まで横浜みなとみらいで催された『フランス映画祭』は久しぶりの横浜開催ということもあり、かなりの賑わいを見せた。上映のメイン会場はイオンシネマ横浜だったが、大きなスクリーンで映画の醍醐味を味わえた。私は最終日の『See you up there』を鑑賞したが、素晴らしい作品でフランス映画の底力を感じることができた。第一次大戦の頃を舞台とした大変話題となった小説の映画化で、シナリオも優れていたし、俳優陣の演技や映像の美しさも忘れがたい。
 その他の話題作『グッバイ・ゴダール』、『二重螺旋の恋人』についても、上映後のQ&Aやサイン会も大いに盛り上がった模様で、ファンの方たちは満足なさったことだろう。
 今回、フランス映画祭での上映を見逃した方は、是非、来年は足を運んでいただきたい。それにしても、みなとみらい地区の変貌ぶりには舌を巻いた。駅が新しくできるとこんなに変わるんだ!と納得。

 ところで「風の薔薇」2. はゴダールの作品『気狂いピエロ』を取り上げようと思う。前回の『大人は判ってくれない』もそうだったけれど、もう何十年も前からだいすきな映画だ。フランス語を大学で勉強するきっかけの一つになった作品なので、思い入れも深い。
 なぜこの映画に惹かれたのかと考えてみて、多分、公開当時の映画雑誌に載っていたスチール写真に一目惚れしたのだと思った。(そのうちの一枚が2018年のカンヌ映画祭のオフィシャルポスターとして使われていた)兄を口説き落として一緒に行ってもらい、今は無き新宿のアートシアターで観た。中学に入るか入らないかの時期で、ストーリーを理解するには恐らく若すぎたが、映像がステキでしびれた。最後のランボーの詩も圧倒的だった。言葉を超えた快感に酔い、いっぺんにアンナ・カリーナのファンになった。後に山田宏一さんの著書を読んで1965年は世界中で『気狂いピエロ』の年と言われた年で、アンナ・カリーナにみんな夢中だったと知った。(日本公開は67年)この作品はそれ程すさまじいムーヴメントを起こした訳で、10代のとば口に立ったばかりの私がノックアウトされても何の不思議もなかった。
 さて『気狂いピエロ』の中で好きなシーンは数々あるが、偶然再会したアンナ・カリーナ(マリアンヌ)とジャン=ポール・ベルモンド(フェルディナン)がマリアンヌの家で一夜を過ごした翌日、朝食を取るシーンは格別だ。鮮やかなブルーのバスローブに身を包んだマリアンヌが「死者よ起きて」と言いながらフェルディナンを起こす。そして歌いながら朝食の支度をする。ミルクパンでお湯を沸かしコーヒーを作るが、ホースを使って鍋に水を入れる豪快さ。この場面はブルーのバスローブと赤い鍋というゴダールお得意の青と赤の配色で本当に魅せられてしまう。
 出来上がった朝食をマリアンヌはベッドにいるフェルディナンに運んでいくのだが、ジャムの瓶のふたは赤白ギンガムチェックのお馴染みボンヌママン。50年も前に観た時には「かわいい!」と感心したが、今は昔。
 この二人、日本でも人気のカフェオレ・ボウルでコーヒーを飲んでいて、やはり「オッ」と思った。ジャムをペロッと舐めるマリアンヌの仕草もすてきだ。これぞフランス版朝食というものを演出したゴダール、実に侮れない。この後、血なまぐさい雰囲気に包まれるこのアパルトマンが、つかの間、夢のようなロマンチックな空間に見える。マリアンヌは『いつまでもあなたを愛するとは言わなかった』と歌いながら踊るように部屋を移動し、このシーンはまるでミュージカル映画のよう。マリアンヌが黒いバレエシューズで踏むステップはリズミカルで流石の美しさだ。
 実はこのシーン、新宿のル・プチメックの3周年記念の映画イベントの際に西山逸成氏とパンラボ池田氏と私の3人でお気に入りに選んだ思い出の場面だ。西山氏はこの素敵なシーンの後、戦慄するほどの恐ろしい場面に出てくる男性にとても入れ込んで、その人にインスピレーションを得てオブジェを作ったりした。閑話休題。
 マリアンヌとフェルディナンの朝食は『大人は判ってくれない』に出てきた焼き立てバゲットなどではなく、箱入りビスケットにジャムを塗った簡単なものだ。しかし、マリアンヌがシニョンに結った髪のおくれ毛をかきあげながら頬張ると妙にお洒落に見える。ここでも角砂糖登場で、クッキーの空き缶と思しきものに入っている角砂糖をつかんでコーヒーにいれるフェルディナンの男っぽい仕草が無造作でかっこいい。ああ、フランス人の朝食は素敵だ!と日本人の私は思うのだが、フランス人は今どき、焼き魚とみそ汁の朝食に憧れるらしい。『アメリ』のオドレイ・トトゥも日本に来てホテルで摂る朝ご飯は和食と決めていると言っていた。
 『気狂いピエロ』の朝ごはんについて書き連ねて来たが、何ということもない場面を青白赤の色彩でまとめ上げ、幸せいっぱいの甘いムードを作り上げ、同時に殺人劇を暗示する隣室をも見せてしまうゴダールのセンスは見事だ。恋の幸福感が束の間のもので、その陰には陰謀や計算が渦巻くという世界観。結局『気狂いピエロ』は絶えざる幸福への渇望と、現実への絶望の連続だ。その中で、物語の冒頭でヒロインが歌うお洒落な朝食シーンを観せてくれたゴダールに心よりありがとうと言いたい!
 最後になったが、字幕翻訳でゴダールの日本での存在を力強く支えて来られた寺尾次郎氏が、6月6日に天国に旅立たれた。ミュージシャンとしての一面も持っていらした寺尾さんだからこそのリズミカルな字幕に出会えて本当に幸せだった。冥福をお祈りする。

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著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂