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蛸のサンダル 第26話 because

8月5日に発売された『カフェ-スイーツ189号』という雑誌の巻頭に、人物インタビューの企画があり、今号は茨城県ひたちなか市に本店がある「サザコーヒー」の副社長、鈴木太郎さんを掲載している。太郎さんは、日本のコーヒー業界では名の知られた人物で、陽気で天才肌の愉快な方。業界では太郎さん、太郎さんとファーストネームで広く親しまれているから、ここでもその呼び名で書くことにする(カフェ-スイーツでは「鈴木さん」とした)。サザの名は禅語の「且座喫茶(さざきっさ、しゃざきっさ)」に由来して、さあ、座ってお茶でも飲みませんか?という意味。創業者である父上がつけられたそうです。

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太郎さんのお仕事や丸の内の新しいお店のことなどについては、詳しくは記事に書いたからそちらをご覧いただきたいのだけれど、ここは蛸のサンダルなので、取材のあとで描いていただいた太郎さんのイラストをまずは紹介します。

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「え?蛸?蛸って? んー、、、勢いが足りない、、、」とつぶやきながら描く太郎さん。

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どんどん書き足していってコンセプト破綻した第1バージョン。

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書き直した第2バージョン。まったく違うものになりました。んー?

太郎さんの数あるエピソードの中で、わたしが好きなのは「徳川将軍珈琲」という商品を一緒につくりあげた徳川慶朝(とくがわ・よしとも)さんとのお話。このお方は、最後の徳川将軍であった徳川慶喜公の曾孫にあたり、旧公爵家・徳川慶喜家の第4代目ご当主でいらした。ご職業はカメラマン。本田技研傘下の広告制作会社でカメラマンとして勤務された後、フリーカメラマンになられた。コーヒー焙煎に強いご関心があり、太郎さんの父上である鈴木誉志男さんと知り合ったことからサザコーヒーで焙煎を自ら担当なさる流れになったという。慶喜公が大阪城で欧米の公使と謁見した際に、フランス料理のコースを食べ、最後にコーヒーを飲んだことがわかっていて、その味を再現し、徳川さんが焙煎したのが「徳川将軍珈琲」だそうだ。

徳川慶朝さんと鈴木太郎さんとの出会いについて
http://www.saza.co.jp/goods/shougun.php
「徳川さん、あなたの家のマークはあれですか?」葵の御紋を使わせてと突然願い出る太郎さんが本当に面白いと思うが、断ったのに「わたしの焙煎したコーヒーを売りなさい」と答えるコーヒーマニアの徳川さんも相当変わっている。徳川さんは誉志男さんに、自分は焙煎をさせてもらう代わりに太郎さんの教育係をしますよと言ったそうだ。世が世なら征夷大将軍さまだったかもしれない方から、太郎さんはきっとさまざまなことを感じ取ったにちがいない。

人がなぜその仕事に就くか理由はいろいろあるだろうけれど、太郎さんの場合はサザコーヒーに生まれたから。しかし大学を出るまではコーヒー屋は継ぎたくなかったとも言う。徳川さんをはじめ他人との普通でない出会いがあって、いまに至っているのだろうと思う。ひるがえって、わたしがなぜ食の編集の仕事に就いたかというと、それはなんというか偶然なのであって、太郎さんのようなドラマはないのだが、今回は少し書いてみる。

大学では、法学部で政治学を勉強していた。文学は、読むのも書くのも好きで得意だが勉強するものじゃないと思っていた。自分に足りない何かリアリティーを持ちたくて政治学を学んだのだが、これが意外と面白かった。なので就職するときは、政治記者になるという目標でマスコミだけを受けたのだった。ところが、就職氷河期でマスコミの狭い門戸はさらに狭まり、さらに担当教授や親が口を聞いてくれるという話を「自分の実力で探す!」と青くさく断ってしまったばかりに(泣)、就職活動は長期化し、混迷をきわめた。まったく行き先が決まらずに、自己嫌悪になり、げっそりとやせていたところへ、弟が古本屋で一冊の本を買ってきた。インド料理の本で、聞いたこともない出版社の名前が書いてあった。本格カレーづくりにはまっていた弟と母は、その本を嬉々として読み、「ここ料理の出版社なんじゃない、出してみたら」と言った。問合せの手紙を出してしばらくすると、新聞にその会社の求人が出た。わたしは、出版社ならどこでもいいのか?と自問自答しながら、その会社も受けることにした。

就職活動のときに、実は紺色のリクルートスーツを着ていなかった。個性を尊重させたい親の子育て方針で私服の私立中高一貫校から大学へ進学したわたしにとって、みんな一緒の服を着るのは居心地が悪かったし、「え?なんでみんなと同じがいいの?ダサーい」という親の冷ややかな視線も気になっていた。(後からそう言うと、親は「買いたきゃ買えば良かったじゃん」と平然としていたものである。ただわたしが押しが弱かっただけです、はい)。けれども、たったそれだけのことで、おそらく就職活動はうまくいかなかったのだと、後からわかった。自己主張が強いと思われたのですな・・・。そうじゃないんだけど、結果的にそう見えるということは、もうしょうがない。波長の合わなさ、というものであります。

その料理専門の出版社では、筆記試験(満点だったらしい)のほかに小論文があった。三題噺という、当時流行っていた出題形式で、3つのキーワードを一つの小論文にまとめて文章構成力を見るのだが、お題が「タイ、犬、料理」だった。受験した学生のほとんどが、料理出版社の志望者だからなのかタイ料理では・・・、韓国では犬を食べるというが・・・などと真面目にまとめ上げたらしいなかで、わたしときたら、まったくそんなことが思い浮かばなかった。白状すると、そもそも料理のことはほとんど知らなかったのだ。

では何を書いたか。つい最近、自分の身に起きた出来事を書いた。日比谷の街角で、タイ航空のパイロットと名乗る男(IDは本物だった)に有楽町駅までの道を聞かれ、駅まで案内したら、御礼にお茶しよう、タイ料理もご馳走すると誘われた「有楽町ナンパ事件」である。考えてみたら、タイ航空の日本支社は日比谷にあるのだから、有楽町駅の位置なんて知っているに決まっているのだが、お人好しのわたしは道を聞かれると教えてあげずにはいられない。その親切に男はナンパを仕込んできた。ちなみに、その前の週にはバングラデシュ人の絨毯屋にナンパされている。日本人にはモテないのにアジア系外国人にばかりモテるという偏ったモテ期が続いていたのだ。論文にはバングラデシュ人に続く事件であること、タイ人パイロットがだんだん獲物を狙う猟犬の眼になっていくさまを描いて、文字数ぴったりで書き終えた。時間は、だいぶ余ったように記憶している。

それしか思い浮かばなかった実体験記ではあるが、ダメ元でも、就職試験の小論文として出すのも(いまでは)どうかと思うし、面白いからと雇った側もどうかしていると思うのだが、ともかく、わたしは応募人数300人からの合格者3人に残る。柴田書店という名のその会社に、まさかこんなに長く勤めることになるとは、その時は、まったく思ってもいなかったのであります。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。