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“さとうもか”は事件だ。

ピアニストをテーマにした漫画「のだめカンタービレ」の中で主人公、野田恵の弾くピアノの音をキラキラと言い表す場面がある。楽器というのは不思議なもので同じ音、同じフレーズを弾いても奏でる人によって違う印象になってしまう事がある。奏でるだけで周りの空気を変えてしまう人は確かにいて、じゃあ何が違うと言うとそれは言葉にすることが難しい。譜面に起こしてみたり、技法を研究したところで再現は難しい。それを才能と呼んでしまうのは簡単だけれども、どうもそれで片付けるのも違うと思う。あの人の弾く音はキラキラしてるとしか表現する他ないのだ。

キラキラの正体とは何だろうというと、影響を受けてきたものや、心を動かされてきた事象、おそらくその人を形成するそういうものだ。そうではあるのだけれども、きっとそのもっと先あるものがキラキラなのだろう。だから人はそういうミュージシャンに惹かれてしまう。

以前、このコラムでもフードエッセイスト、平野紗季子の登場を嫉妬したと書いたことがある。新しい言語感覚とリズム感をもった文体はすごく衝撃であったし、彼女に影響を受け文章を書き出すであろう若い世代が心底羨ましいと思った。そんな存在がポップミュージックでも現れてしまった。今年の4月にP-VINEからメジャーデビューした岡山出身のシンガーソングライター“さとうもか”だ。

最近のシティポップ人気で若い世代でも荒井由実や大貫妙子から影響を受けたミュージシャンも多くなってきた。さとうもかも基本はそういう系譜のソングライターなのだと思う。しかしそれだけに収まらない魅力が溢れすぎている。例えば60~70年代のヨーロッパ映画音楽の流麗さを感じさせたり、コーラスワークに至ってはかなり研究されていて驚くほど凝っている。またこれはプロデューサーである入江陽のアレンジによるものかもしれないけれども、アメリカのClairoや韓国のoohyoなどに通じるヒップホップやヴェイパーウェイブ以後のガールズベッドルームポップと同じ時代性をもった感覚もある。

と何となく分析してみた気になるのは簡単なのだけれども、じつはこれも随分的外れな分析なのだろうと自分でも思う。音楽に詳しくなるということは実は音楽の楽しみを失っていくことではないのだろうか。世の中には情報が溢れていて、自分の耳で聴く前からどんな音楽か大体わかっていたりする。要は他人の評価を追体験しているわけだ。高校生の時はお金がなかったこともあり買ったCDを大切に隅から隅まで飽きずに何度も聴いた。ピンとこない曲も何度も何度も聴くうちに、急に好きになる瞬間が何度もあった。10代の時に聴いた音楽が20年以上経っても自分にとって大切なのは、単に青春だったとかセンチメンタルな理由だけではなく、自分の耳で見つけた自分だけの“感動”だからなのかもしれない。

上手く書けないけれども、さとうもかの音楽には、さとうが自分の耳で見つけた自分だけの感動が詰まっている。だから同じ音楽を聴いていたとしても、さとうもかの音楽は新鮮だ。キラキラしている。彼女の音楽を聴いて感動して音楽を始めるであろう若い子たちが羨ましくてしかたない。それはどうやったって自分が手に入れられるものではないのだから。

ディスク紹介:c_siphon24-2
さとうもか 「Lukewarm」(Pヴァイン・レコード/2018)
https://www.youtube.com/watch?v=DQORqJTlIxg

 


毎月22日公開 月刊『片隅の音楽』
icon_siphon宮下 ヨシヲ
グラフィックデザイナー
Siphon Graphica(http://siphon-graphica.net/)主宰

1976年、愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナー、ブックデザイナー。高校生の頃より英米インディー音楽に傾倒し、大学在学中にZINE制作を始め音楽誌に音楽ライターとしてキャリアをスタート。自ら雑誌制作の全ての行程に関わりたいとデザインを学び出版社、広告デザイン会社を経て、2008年サイフォン グラフィカ設立。2013年浜松に事務所を移設。現在はブックデザインを主なフィールドとしながら、ショップなどのトータルデザイン、パッケージなども手がける。

イラストレーション:akira muracco(http://akiramuracco.me/top