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9月 イチジク

 家では毎朝、果物を食べる。旅先でも同じようにしたいのだけれど、それほど高級なホテルに泊まるわけでもないので、朝食に果物が付いていることはほとんどない。だから自分で用意するのだ。冬から春にかけては東京以西なら柑橘類が豊富で、数種類の柑橘を買って食べ比べたりもできる。
 けれど、わりと最近まで、手で皮を剥くことができる柑橘以外は、例えば好きな梨や柿などは我慢していた。ナイフを持ち歩けばいいのだと、どうして思わなかったのだろう。ずいぶん昔にフランスを鉄道で旅行した時に、車内で昼時に自前のサンドイッチを茶袋から取り出して食べる老夫婦を見かけ、しかもその袋にはリンゴも入っていて、それを携帯していたオピネルの折りたたみナイフを使って皮を剥き、ふたつに切り分けて仲良く食べる様子がとても良かったから、真似しようとパリでオピネルを買って帰ったことがある。
 そのオピネルはたぶん錆びているかもしれないが、家のどこかにまだあるはずだ。それを探さずに新しい折りたたみナイフを手にいれたのは、去年の夏の終わりだった。これでもう大丈夫と、それからしばらくはナイフを旅行に持っていって、せっせと果物の皮を剥いていたのだが、飛行機の旅だといろいろ気を使わなければならず、だんだんそれが面倒になってきて、結局、柑橘だけをひたすら食べるという状態に逆戻りした。柑橘のない季節は果物抜きになり味気ない思いをする。
 そろそろイチジクが旬を迎える。イチジクこそ、皮を剥かずに食べられる果物ではないか。でも、ぼくの手はイチジクのパックを掴もうとしない。子どもの頃にはまったく馴染みのない果物だったからに違いないが、どうにもそのまま食べる気がしないのだ。でも、イチジクを使った料理やお菓子は大好きなのである。あの店ではそろそろイチジクを使ったタルトタタンが始まっているのではないかと思っただけで、なんだか急にそわそわしてしまう。もし生でイチジクを食べるなら生ハムと一緒か、他の食材と合わせたサラダがいいと思う。ドライ・フィグも好きだ。もちろんワインを飲みながら楽しむ。
 ということは、ぼくにとってイチジクは主役ではないということになる。では脇役なのかというと、それもちょっと違う気がする。何故ならイチジクの美味しさがあるからこそ、その料理やお菓子を食べているのだから。ならば、役者に例えずにバンドに例えればいいのかもしれない。歌も楽器も上手いからソロでも充分に魅力的だけれど、やっぱりアイツはあのバンドで演っている時がいちばんいいんだよなァ。そんな感じだろうか。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月2日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。