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4. マルシェの楽しみ、ぶらぶら歩きの勧め

 先月に引き続き、夏の魅力いっぱいの映画をお届けしたいと思う。少しずつ秋の気配が感じられるのに、と思われる方、どうかご容赦ください!ヌーヴェル・ヴァーグの兄貴分として知られているエリック・ロメールの『パリのランデブー』の一篇、『7時のデート』である。ロメールは処女作の『獅子座』も捨てがたいが、今回は若者の心の彩を描いたこちらを選んだ。
『パリのランデブー』は短編3本が収められたいわゆるオムニバス作品だ。その幕開けを飾る『7時のデート』はパリ大学法学部の学生エステルが主人公。この作品の登場人物はすべて名前がとても古風である。これは監督ロメールのクラシック趣味の表れと思われる。エステル始め、そのボーイフレンドのオラース、女友達エルミオンヌ、財布を拾ってくれた女の子のアリシー等々。ラシーヌやコルネイユの古典悲劇に出てきそうな名前のオンパレードだ。その懐古趣味を楽しみつつ、映画を観ていくと、思いがけず、現代的な楽しみも満載であったことが分かる。
 まず、物語の幕開けはパリの学生寮。ボーイフレンドのオラースとのしばしの別れを惜しむヒロイン、エステル。試験勉強があるから週末までデートはお預けだ。時は、学年末試験真っ最中の6月末。オラースと別れたエステルがリュクサンブール公園の脇を歩いていると「彼は他の女の子とのデートを隠密に楽しんでるよ、知らないのは君ばかりさ」とご注進する男友達が現れる。心が揺らぐエステル。私が彼を変えてみせるわ、と気色ばむが、心中は不安で一杯。自分のアパートに帰るとシクシクと泣いてしまう。
翌日、気分転換のつもりでぶらぶらとマルシェに出かけたエステル。この市場の場面は本当に心躍る。手持ちカメラで撮影したのだろう。やや画面は暗いが、弾むような躍動感に充ちている。初夏の陽光が降り注ぐ広場。かごにセロリをはみ出させながら野菜や果物を見て回るヒロイン。周囲には走り回る子供や、買い物かごを持って食材の買い出しに余念のない人々。その自然で生命観に満ちた風景は、観る人々に生きる歓びを発信している。
 赤やピンク、緑のカラフルな手作り風の飾りが店々に張り渡され、お祭り気分が何とも楽しい。フランスではマルシェは主だった広場に週に何回か立っていて、週末には雑貨や、骨董品の店も並び、楽しみにしている人も多い。最近は観光客の姿も多く見かける。私もパリのラスパイユのオーガニック・マルシェはパリに行くと度々訪れて、その雰囲気を満喫している。
  さて、本作のヒロインが浮気な彼について悩みつつもマルシェに出かけると、素敵な(?) 出会いが待っている。今しもメトロの駅から出てきた好青年が「ボンジュール!」と話しかけてくる。「え、どこかでお会いしました?」と問いかけるエステル。この若者、全く見ず知らずなのだが、彼女に一目惚れした模様。全く無視するエステルだが、ふと思いついて、浮気な彼が他の女の子と逢瀬を重ねているというカフェで「夕方に会いましょう」とデートを持ちかける。
 その後、ストーリーは意外な進展を見せ、観る者は意外な、しかも曖昧なエンディングに導かれる。この終わったか終わらないかのような結末が、実にロメールらしい、と言うかフランス映画らしくてチャーミング。私も教えている学校で時々フランス映画を観せると「これで本当に終わりなんですか?」と言う学生がいる。慣れていると違和感を覚えないが、フランス映画を初めて観た場合には、とっても不思議な終わり方に思えるらしい。
 マルシェは人生の楽しみも悲しみも呑み込んで、それぞれのワゴンが魅力的な品を並べ、ぶらぶら歩きしている人を招いている。買い物をしている私たちは束の間、野外でのショッピングを楽しみ、また、日常に戻っていく。陽射しを一杯に浴び、広場に立つ市場は、古代から人と人との出会いの場であったし、祝祭の舞台ともなってきた。『7時のデート』を観て私たちが感じる楽しさは、マルシェが昔も今も、人々の交流の場として生き生きと機能しているからではないだろうか。長らく高校の古典文学の教授を務めていたロメールは、そうしたフランスに長く続く市場の役割に新たな息吹を吹き込み、お洒落で楽しい短編映画に仕立て上げた。(蛇足だが、フランスでの高校の古典文学の教授の位置づけは、日本で思うよりはるかに尊敬される立場で、大学教授並みではないかと思われる)
 女性にだらしないボーイフレンドの素行に悩みつつも、マルシェを歩き回って気晴らしをしているエステル。彼女の心の内は鬱々としているが、その場のお祭り的雰囲気に身を任せ、ひと時、憂さを忘れる。マルシェのそうした浄化作用的役割について、お説教を垂れるのではなく、爽やかな映像で観る者の共感を誘うロメールの鮮やかな手つきに脱帽する。
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 赤い小花模様の可愛いワンピースに身を包み、軽やかにマルシェのワゴンを縫って移動するヒロインの足取りと共に、画面を見つめる私たちの心も浮き浮きしてくる。そう、ヒロインのエステルにならってきっぱりと昨日までの沈んだ気分とお別れしよう。物語のラスト、彼女はためらいなく浮気者の彼に、こう宣言する。「これから私も他の男友達とバカンスに出かけるのよ。じゃあね、さよなら!」そうそう、この心意気。マルシェでは新鮮で美味しそうな食材が、ワゴンに所狭しと並べられて、生きることの素晴らしさを謳いあげているのだから!

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂