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風の薔薇 5  思い出という宝もの ~あの1月の朝を忘れない~

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 ずっとヌーヴェル・ヴァーグのフランス人映画作家を取り上げてご紹介してきた。トリュフォー、ゴダール、ドゥミ、ロメールと続いて来たから、次はルイ・マルかなという気になった。ルイ・マル監督と言えばご存知『死刑台のエレべーター』、『地下鉄のザジ』そして『鬼火』、など、洗練された美学で貫かれた作品が持ち味である。ここでは後期の長編『さよなら子供たち』を選ぶことにした。これも何度も観た映画だ。  
 この選択にはいくつか理由があるが、一番大きかったのは、これも好きな監督、クシシュトフ・キェシロフスキーのことが最近気にかかっていて、彼との関連から選んだ。と言うのも、キェシロフスキーと言えばイレーヌ・ジャコブと名が挙がるくらい、彼のミューズとして名高いフランス人の女優がいて、キェシロフスキーが『ふたりのベロニカ』に彼女を起用しようと決めたのが『さよなら子供たち』の演技だったと言われているからだ。
 イレーヌ・ジャコブはあまりにもキェシロフスキーとの相性が良くて、彼が 96年に急逝してからのフィルモグラフィーはかなり地味なものになっている。日本でも小津安二郎と原節子のように、フィーリングがぴったり合った監督と俳優という組み合わせが見受けられるが、キェシロフスキーとイレーヌもそうだったのだろう。
 さて、そのキェシロフスキーがイレーヌ・ジャコブを発見し、『ベロニカ』は彼女でなくては!と叫んだかどうかは分からないが、抜擢した結果は見事であった。本当にベロニカは彼女以外、考えられないほどの生き生きとした演技で、1991年のカンヌ映画祭では主演女優賞を受賞した。当時25歳で、史上最も若い主演女優賞では?と騒がれたものだ。その時『二人のベロニカ』のプロモーションで来日したイレーヌ・ジャコブのインタビューの通訳を務めたが、とてもいい人で、こんなに性格の良い人が芸能界でやっていけるのだろうか?と思わず心配になったほどである。
 本題に戻り、ルイ・マル監督の映画『さよなら子供たち』だが、この作品はまことに名作の誉れが高い。1987年、世界三大映画祭の一つであるヴェネツィア映画祭で最高の賞、金獅子賞を受賞した。また、フランス国内ではアカデミー賞に匹敵すると言われるセザール賞で、何と7部門制覇という輝かしい記録を樹立している。勿論セザールでは、監督賞、作品賞、脚本賞など、総なめと言った感があった。戦争の悲惨さを描いているが、実際の戦闘シーンは皆無、という見事な手腕にも評価が高かったようだ。
 物語は監督ルイ・マルの少年時代が下敷きになっていると言われている。若いころに、先に挙げた『死刑台のエレバーター』、『地下鉄のザジ』, 『鬼火』などで天才監督の名を欲しいままにしていたルイ・マルであるが、50代になってやり残した仕事があると気付いたと言う。それは少年時代に経験した親しい友との別離の思い出を作品とすることであった。その友達はユダヤ人で、第二次大戦下のフランスはナチス・ドイツに占領されていたので、自由に学校で勉強することは許されなかったのだ。
 実際の経験をもとにマルが書き下ろした脚本を大雑把になぞってみよう。主人公の名はジュリアン・カンタン。11歳の少年だ。彼はパリの実家を離れて山の中にある教会付属のカトリックの寄宿学校で勉学に励んでいる。どうも、戦争の惨禍を逃れての疎開生活のようだ。ある日、一人の少年が転入してくる。ジャン・ボネという名前だ。彼は無口だが、読書家でピアノを上手に弾きこなし、作文も得意だ。優等生のジュリアンのライヴァル出現。しかし、好きな本の話題で、段々と親しくなる二人。お気に入りのジャズをピアノで連弾。消灯後の寄宿舎で、懐中電灯の灯りでこっそり一緒に小説を読む日々。しかしこうした愉しい日々も長くは続かない。
 しかし突然、学校に匿われているユダヤ人の生徒を探しにゲシュタポが教室を訪れる。ジャンがユダヤ人であることを薄々気づいていたジュリアンが、ちらっとジャンを見る。ゲシュタポの捜査官は、その視線を見逃さない。ジャンはすぐさま捕らえられてしまう。「さよなら」目と目で交わす最後のあいさつ。手を振るジュリアンを、じっと見つめるジャンの表情が切ない。ユダヤ人の生徒たちをかくまっていた神父も連行される。
 子供たちは口々に「さよなら、神父さま」と声をかける。それに応えた神父のことば「さよなら、子供たち」が作品のタイトルになっている。エンディングのナレーションで「私はあの1月の朝を一生わすれない」と語るルイ・マル。私たちの胸にこみ上げるものがある。
 暗い物語のように思えるが、未来に繋がる余韻もある。最後に神父が子供たちに「アディユー」ではなく、「オ・ルヴォワール(さよなら)」と言った言葉が深い意味を持つように思える。「オ・ルヴォワール」とは再会を含む別れのあいさつである。神父は自らの死を覚悟していたと思うが、天国でまた会えるのだから、そして、心の中ではまたいつでも会えるよ、と子供たちに語りかけていたのだろう。人生に悲しい別れはつきものだが、そのことを忘れずに育めば、豊かになった自分に巡り合える、というメッセージを送っていたように思える。 
 この作品は、全編、グレーがかった白とブルーが基調となっていて、モノクロ映画のようだ。そして、どの場面を取っても絵になる美しい画面は、スイス人の名カメラマン、レナート・ベルタによる。ダニエル・シュミットとのコンビでも知られている。たまに画面に現れる赤が鮮やかだ。あふれるような色彩は、大切な思い出を語るには相応しくないという監督の判断だったのだろう。
 10歳前後の辛く、強烈な体験を記憶の底から手繰り寄せて、モザイクのように物語に仕上げることは、決してたやすい作業ではなかっただろう。それでも、これを作品にしなくては生きている甲斐がないと決意し、取り組んだ作品が、この『さよなら子供たち』だったのである。
 おそらく私たちはひとりひとり、一生忘れ得ぬ出来事を抱えている。そのインパクトが強ければ強いほど、時に、忘れてしまいたい思いに駆られるのではないか。ルイ・マル監督は、55歳になって40年以上も前の出来事を、勇気を奮い起こして映画作品にした。その決意のほどは、十分画面から伝わってくる。私たちも、直面するには辛い記憶があったとしても、誠実に力を振り絞って思い出して、心の中で整理をし、うまく収まりどころを見つけたいものだ。そうすれば、思い出も気持ちよく過去の中に落ち着けるだろう。 
 ところで、キェシロフスキーが「ユリイカ(われ、発見せり!)」と叫んだであろうイレーヌ・ジャコブの『さよなら子供たち』における役どころは、何とピアノの先生であった。寄宿舎で生活する少年たちに、週に一回レッスンをしにくる若きピアノ教師。美しくて魅力的なので、なかなかの人気者だが、出番は少ない。
このピアノの先生に注目したキェシロフスキーの慧眼には恐れ入った。いや、これを、運命の人はすぐにわかる、というのだろう。何千人もの中から、自分の求めるタイプの人はぴたりと見つけてみせる。映画監督たるもの、このくらいの眼力がなくては務まらない。やはりキェシロフスキーは偉大だ!

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著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂