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かわいい顔して硬派な珈琲党

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『marie=madeleine』№1~4(1999~2001)

 今回は、ちょっと寄り道して番外編。半分くらいは手前味噌の思い出話になることを、先にお伝えしておきます。
 この連載では、基本的に雑誌を取り上げていますが、前回までの2000年前後に盛り上がっていたのがフリーペーパーやミニコミ(Zine)など自主制作の紙媒体。今はフリペだけを扱う店なんてのも出てきましたが、カフェやレコード屋、雑貨店なんかに置いてあるのを物色するのは、いまだに楽しみの一つです。まだ、今のようにWebや便利ツールも整っていない(ピーガーいってアナログ回線につないでいた)頃、情報発信の主役といえば、とにかく紙。逆に言えば、雑誌の力がまだまだ健在でした。誌面の特集もカフェ花盛りでしたが、逆にカフェ発信の名物フリペも多く、『Olive』カフェGPでも登場した鎌倉「カフェ ディモンシュ」や「Afternoon tearoom」などは、その代表格。さらには、“man in café”な雑誌『relax』も、本誌と並行してプリペを発行していました。

c_amaniga4-2『dimanche freepaper』(カフェディモンシュ)

c_amaniga4-3『Allo? Allo¿』(Afternoon tearoom)

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『relax』フリーペーパー

 そのムーヴメントに乗って、大学の同級生だった木村衣有子さんと始めたのが、“コーヒーとフランスかぶれのための小冊子”と銘打ったミニコミ『marie=madeleine』。木村さんといえば、『京都カフェ案内』や『コーヒーゼリーの時間』など著書多数、今や文筆家として大いに活躍中なのは、ご存知の通り。で、あまりに遠い記憶をたどるべく、久しぶりに木村さんにも創刊時のことを思い出してもらったところ、「コーヒーをダラダラ飲んでいる時間を昇華したい」という、モラトリアムな理由も秘めていたそうですが、同じ出版志望で紙(媒体)&コーヒー好きということで、好きなものを形にしてみようと、まずはフリペとして『nounours』の名で1年(5号)発行。助走をつけてから、98年にミニコミとして『marie=madeleine』として販売。今、見返してみたら、思わず苦笑する拙さながら、「当時の必死さも思い出す」とは木村さんの弁。「今よりずっと難しかったPhotoshopに苦戦して、写真を切り抜いていたら夜が明けていた」など、必死なエピソードは限りなく…。それでも、おかげさまで素人の自主製作としては、奇跡的に全号ほぼ完売。当時の読者様、ご協力いただいた皆様に、改めて深謝しきりです。

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 また、木村さんによれば、「“京都ローカルの冊子でしょ”と言われた時に、“まだ全国レベルには届かないのか”と悔しい思いをしたことも、ローカルメディア全盛の今では信じられない」との感慨も。とはいえ、その頃の京都といえば、グルービジョンズに始まり、様々なクリエイターがつながり、独自のカルチャーを発信して注目されていました。実は、第2回で紹介した99年の『Olive』には、それらをひっくるめて「京都系」なる特集まで組まれたくらい。幸運にも、その輪の中にいたことも、創刊のきっかけの一つでした。
 さらに言えば、世は空前のフランスブーム。98年に「日本におけるフランス年」があったり、サッカーW杯がフランスであったり。単館系の映画館ではヌーヴェルヴァーグのリヴァイバルがよりどりみどり。今思えば贅沢なことでした。カフェの流行も元をたどれば、パリの老舗が日本に進出した影響大。振り返ると、当時のブームも世間的なフランス熱が大いに後押ししていたのでは? と感じます。
 閑話休題。少々、脱線が過ぎました。“コーヒーとフランスかぶれのための~”とは欲張ったものですが、実はそんな背景もあったわけです。とはいえ、同時期にフランスをテーマにした媒体はあっても、正面切ってコーヒーをテーマに掲げたミニコミはなかった(はず)と、自負しています。様々なフリペやミニコミで音楽、映画、アート等々の“カフェな”情報が発信されるなか、他との違いを作るべく“コーヒー”を柱に立てたわけですが、2人とも大のコーヒー党として「ハコや家具だけでなく、コーヒーもちゃんと取り上げようよ」という、アンチテーゼも多分に含まれていました。それを振り返って、木村さん曰く「食のカルチャー化を先取りした」とは、さすが編集長、上手いこと言わはります。食を含めた、いわゆる「ていねいな暮らし」がもてはやされだすのは2010年代に入ってから。雑誌を例にとると「Casa BRUTUS」の特集に「食」のテーマが増え始めるのが、その時期です(米澤泉『「くらし」の時代』勁草書房 2018 参照)。
 さて、その『marie=madeleine』では、「珈琲研究所」と題して毎回1テーマでコーヒーのことを取り上げていました。第1回は、「ビバ!エスプレッソ」特集として、マキネッタを使って日・米・伊のコーヒーチェーンの豆を飲み比べ。今ではできない大それた企画ですが、これもミニコミゆえの大胆さ。この頃は、とにかくどこへ行ってもエスプレッソばかり飲んでいた記憶が蘇ります。続く第2回では「社会科見学」と銘打って、『六曜社地下店』のマスター・奥野修さんに徹底密着。焙煎から抽出、提供までをつぶさに追った上に、「六曜社」の豆を焙煎度別に飲み比べ。友人でもある「六曜社」ベテランスタッフによれば、「ここまで突っ込んで修さんに取材したのは、この時が初めてでは?」とのこと。最近の雑誌のコーヒー特集などでは定番の企画ですが、自分にとってもコーヒーのイロハを学んだ貴重な機会でした。
 打って変わって第3回では、創業60年を迎えた京都の老舗「イノダコーヒ」を徹底研究。全支店巡り(!)に、イノダのデザインワークに迫るロングインタヴュー。自分で言うのもなんですが、これ結構、貴重な記録だと思います。そして第4回では再び「研究所」スタイルで、当時、流行っていたベトナムコーヒーを特集。東京でベトナム料理店やカフェを手がける「花泥棒」社長さんへのインタヴューに止まらず、ベトナムコーヒーに欠かせないロブスタ(カネフォラ)種の豆にもフォーカス。こちらは「UCCコーヒー博物館」まで押しかけて質問攻めし、ベトナムロブ、ジャワロブ、アラビカ種をペーパードリップとベトナムコーヒーの金属フィルターで飲み比べて、再び博物館で評価を伺うという、まさに“オール・アバウト・ロブスタ”な展開。寡聞にして、専門誌でもここまでロブスタ一色の誌面は見たことがありません(笑)。
 いかにも女子受けしそうなパッケージの中に、こんなお堅い記事が詰まっていようとは、読者もまさか思うまじ。でも、“かわいいだけじゃない”のが、『marie=madeleine』の魅力の一つだったのかなと。当時はコーヒーをテーマにして書ける媒体なんて身近になかったことも、『marie=madeleine』を発行した大きな理由だったと思います。残念ながら、諸事情により4号で休刊となりましたが、当時の経験と“調べ魂”は、後に『marie=madeleine』の「珈琲研究所」を引き継いだフリーペーパー『甘苦一滴』に生かされています。実は、前回の『Meets Regional』(『SAVVY』共同編集)「京阪神Café book」が貴重な一冊になったのは、『marie=madeleine』を紹介してもらった唯一の雑誌だったから。今ではその本誌面で、コーヒーのことを書いていることを思うと、隔世の感ありです。
 今も、ごく稀にかつての読者にお会いすることもあり、嬉しいような、こそばゆいような気持ちになります。とはいえ、『marie=madeleine』によって、コーヒーへの注目は高まったか? と言えば、そんなことはまるでなく。「10年早まったね」といわんばかりに、その後しばらくカフェブームは続いたのですが…。ただ、あの頃、“かわいい顔して硬派な珈琲党”がいたことを留めてもらえれば幸いです。
 長すぎる寄り道にお付き合いいただき、ありがとうございました。次回から本筋に戻ります。


著者プロフィール
月刊連載『棚からプレイバック』毎月7日公開
icon_amaniga田中慶一(たなかけいいち)
珈琲と喫茶にまつわる小冊子『甘苦一滴』(@amaniga1)編集人。
1975年生まれ。関西で文筆・編集・校正業の傍ら、コーヒー好きが高じて、喫茶店の歴史から現在のカフェ事情まで独自に取材。訪れたお店は新旧合わせて900軒超。現在、全都道府県1000軒訪問を目標に活動中。2013年から「おとな旅・神戸」http://kobe-otona.jp/ で、コーヒーをテーマにした街巡りの案内人を務める。2017年に『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(神戸新聞総合出版センター)http://kobe-yomitai.jp/book/518/ 制作を全面担当。『甘苦一滴』のバックナンバーDL販売はこちらhttps://amaniga.base.ec/ 。