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月の本棚 十月  10:04

「しっくりくるチャーミングでラブリーな感覚」と、fuzkueの阿久津隆さんが『読書日記』で感想を述べていた、ベン・ラーナーの『10:04』をぜひ読みたいと思い、読み始めるとたちまちその感覚に共感し、夢中になった。日本列島に台風が次々に上陸する秋の夜、わたしの寝室はハリケーンのマンハッタンになったり、ブルックリンになったりした。

ブルックリンのガールフレンドの部屋で過ごす、嵐の夜がそもそもチャーミングでラブリーだった。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を、彼女を起こさないようにミュートにして壁に投影し、ベッドで眺めている。本のタイトルの十時四分はこの映画のなかで、裁判所の時計台に雷が落ち、マーティが過去から一九八五年現在に帰る時刻だ。タイムスリップした過去の世界で、若き日の両親が結ばれなかったかもしれない状況に遭遇したとき、彼の体は透明になり、存在が消えかかる。映画を観たことがあれば、そのシーンが印象にあるはずだ。あれはフィクションだったけれども、自分の知っているこの世界が組み変わる、そんなことは現実でも起こり得る。『10:04』では主人公を取り巻くさまざまな人々の話としてそれが語られる。「全ては今と変わらない——ただほんの少し違うだけで」というフレーズとともに、リフレインする詩のように。

名前も知らぬまま一目惚れしてずっと片思いしていた女性のことを、頼りにしていた唯一の人が覚えておらず、再会の糸口を失ったとき。「僕は周囲の世界が組み変わるように——何かが死んだみたいに——感じた」。
意を決してようやく言えたことが、携帯の電波が悪いせいで、相手にまったく届いていないことがわかり、二度は言う気にはなれなかったとき。「それは起きたんだけど、起きなかった。何もなかったわけではないけど、何も起こらなかった」。
大人になってから父親が、実父ではないと知ったとき、世界という虚構が娘の周りで組み変わる。「その時点までの人生の全てが、あったんだけどなかったことになった」。
虚構(フィクション)。わたしたちが生きているこの世界は、人の脳内に投影されたに過ぎないこの世界は、小説みたいに虚構と言えるのかもしれない。何かをきっかけに、簡単に組み変わってしまうから。思い込んでいたことが、実際とは違っていた、ということが、世界の組み変わりを起こすのならば、夢のように美しい記憶も、記憶がそのようである限り、事実ではない可能性があり、逆にぶざまな未来を思い描きかけても、少し後にはさほど悪くない状況に組み変わる可能性がある、ということが、主人公の女性関係において、わかってくる。心の持ちよう、と考えていいのかわからないが、そうした不確実性は、かえって物語をリアルにする。

世界はあちこちで、何度でも組み変わる。『10:04』全体に漂うのは、でも、戸惑いではなく、よく知る親しみの感覚だ。やさしさと冷たさ、意地と素直さ、悲劇と喜劇、積極と消極、外向と内向、恐れと安堵。さまざまな感情の渦中に、いつしか嵐のように巻き込まれ、翻弄されている。

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『10:04』ベン・ラーナー著 木原善彦訳(白水社 2017)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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