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 =悲しいことに、シャルル・アズナブールが10月1日に、天国へと旅立ってしまった。数多くのシャンソンで人々を魅了したシャルルは、94歳で眠るように亡くなったという。ゴダールの『女は女である』の冒頭で流れた「のらくらもの」は素敵だったな。シャルル、天国でも思い切り歌ってね! =

 もう一つ新作映画のニュースを!『猫が行方不明』、『スパニッシュ・アパートメント』でお馴染みのセドリック・クラピッシュの新しい長編映画がもうすぐ公開です。『おかえり、ブルゴーニュへ』というタイトルで、ワイナリーを守る兄弟妹のお話。クラピッシュ独特のユーモアが満載です。お楽しみに!

 

風の薔薇 6
ショコラにご用心  クロード・シャブロルの『甘い罠』

c_tk6-2 トリュフォー、ゴダール、ドゥミ、ロメール、マルと、ずっとヌーヴェル・ヴァーグの映画作家をご紹介してきたので、この辺でクロード・シャブロルと行きましょう。シャブロルと言えば『美しきセルジュ』、『いとこ同士』など初期の作品も知られているが、他にも面白いものがたくさんある。何しろ、フランスのヒッチコックと呼ばれているのだから。でも、この呼び名はシャブロルにとって不服かもしれないが、ヒッチコックは、ヌーヴェル・ヴァーグの作家達の間では神格化されているのだから、オマージュとも言えるかもしれない。
 ともあれ、後期の作品の中から2000年に製作された『甘い罠』を取り上げよう。原題は『ショコラをありがとう』で、このショコラはヒロインがチョコレート会社の社長であることからチョコレートを意味しているとも取れるし、物語の中で、ホット・チョコレート(ココア)がカギになっていることから来ているとも言えそうだ。
 日本ではなかなか劇場公開が実現せず、2002年、シャブロルの逝去を記念して開催された「シャブロル未公開作品フェスティバル」なる催しで上映されたのが最初であった。その時のタイトルは英語版の『チョコレートをありがとう』であったが、2011年の劇場公開の際には『甘い罠』と変わった。こちらの方が物語の内容を語っているようでもあるが、やや日本的な叙情に走り過ぎた感も否めない。
 閑話休題。ストーリーを簡単にご紹介すると、スイスの有名チョコレート会社の社長のミカと著名なピアニスト、アンドレの二度目の結婚式から話はスタートする。先月の『さよなら、子供たち』と同じく、レナート・ベルタがカメラを担当している。ブルーがかった淡い画面は、美しいが、何かサスペンスの予兆を孕み、ミステリアスである。
 ごく若いころに一度結婚していた二人は、アンドレの妻の死後、しばらく一緒に暮らしていたが、二度目の結婚に踏み切った。アンドレと先妻との息子ギヨームと三人で暮らす豪邸は、ミカの邸だが、歴史ある素晴らしい館だ。
 ミカは激しい感情を顕わにするタイプではなく、いつも愛想がよく、優しい。ギヨームにも愛情を注ぐその姿は、血のつながった親子のようである。しかし、その微笑の陰に何かある、と感じさせる危うさが漂う。そこへ、生まれたばかりの頃、産院でギヨームと間違えられたジャンヌという若く美しい娘が登場し、物語は一気に走り出す。
 赤ちゃん取り違え事件のエピソードを最近になって聞いたピアニスト志望のジャンヌは、アンドレと近づきになりたいと思い、アンドレの先妻の写真展会場を訪れる。ギャラリーのガラス越しに偶然、ミカと目が合い視線を交わす。印象に残るシーンだ。
 その後、ジャンヌはアポイントも無しにアンドレの家に押しかけて来る。この辺の彼女の行動力は少し強引すぎる感もあるが、加速していくストーリーを支えるには、このような強いタイプの人物も必要だっただろう。ちなみに、この作品の原作はアメリカの人気推理作家シャーロット・アームストロングの『見えない蜘蛛の巣』である。
 ジャンヌの出現で、ミカの家には今までとは違った波が寄せてくる。ミカの振る舞いには、何か解せないところがある、と睨んだジャンヌは私立探偵まがいの推理を巡らす。こうして平穏だったミカとアンドレの生活は、少しずつ崩れていく。
 チョコレート会社の社長だけあって、ミカは、毎晩手ずから飛び切りのホット・チョコレートを義理の息子のために用意している。ところが、そのミカが、手が滑ったように見せかけてボトルの中身をこぼしているところが偶然ガラスに映り、ジャンヌが見てしまう。このシーンは、観客もドキドキする名場面だ。手伝って床を拭いていたら、カーディガンにホット・チョコレートが染みてしまい、それを科学研究所に勤める恋人に分析してもらうジャンヌ。すると睡眠薬入りのホット・チョコレートだったと判明。ミカの不可解な下心が透けて見える。
 『いとこ同士』でも、ちょっとした嫉妬心から人の行動を邪魔し、挙句の果てに取り返しのつかない結果を招いてしまう人物を描いてきたシャブロルの演出が冴えわたる。
 アンドレの先妻を殺害したのはミカなのだろうか。そしてギヨームまでをも、その毒牙にかけようとしていたのか。観客はああでもない、こうでもないと、想像を逞しくするが、監督のシャブロルは「どうぞご自由に」と言わんばかりである。
 睡眠薬で殺人ができるのだろうか。そして、毎晩、義理の息子に睡眠薬入りホット・チョコレートを飲ませていた、その意図は?また、ホット・チョコレート入りのボトルをわざと倒した理由とは? 考えているうちに、登場人物の心の内を推し量るようになり、このサスペンス映画が、とてつもなく深い心理ドラマだったことに気づく。
 ヒロインのミカは、有名チョコレート会社の社長夫妻にもらわれた養女だったことを彼女自身が語るのを聞くとき、私たちは、ミカは寂しかったのか、という思いに捕らわれる。しかし一瞬の後「私は十分に愛され、思春期には反抗もしたわ」と言い添える彼女。一体、彼女の青春は満たされていたのか、そうではなかったのか、迷路に放り出された私たちはミカについてのイメージを上手く描けないままだ。
 おそらくミカの不可解な行動は、こうした彼女の、自分でも自分がわからず、持て余している状態から発しているのではないか。社長の養女であり、裕福で、美しく、素敵なオートクチュールのドレスに身を包み、完璧に家事をこなしてくれる召使もいる。会社では、番頭格の男性がビジネスを支えてくれるし、彼女自身はチョコレートの開発に才能を発揮し、評価も高い。何だろう、この非の打ち所の無さは!と感じてしまうのは私だけではないだろう。
 しかし、ミカの心に開いた穴は日ごとに大きさを増していくようだ。自分の手に入れていないものを見つけると欲しくなってしまう。天才ではない私は、限りなく凡人!そんな感じではないか。だからアンドレも独占したいし、会社も一人で取り仕切りたい。でも、自分自身に感じる不安は人一倍だ。
 そんな不安定なミカを演じるイザベル・ユッペールはまことにあっぱれだ。召使に、今度はジンジャーやターメリックをスパイスに使ったチョコレートを開発するのよ、と語る彼女の表情は勝ち誇っている。その一方、火傷をして部屋にいる義理の息子に映画のビデをを渡すとき、背中にまわした片手は絶えず上下し、心の震えが見て取れる。ちょっとした唇の動きや身体の揺れが、こんなにも感情を雄弁に語ることを知っている俳優は、そうはいないだろう。
 この作品でイザベル・ユッペールはモントリオールを始め数々の映画祭で主演女優賞を勝ち得た。正にふさわしい快挙である。何を演じても上手いユッペールの五指に入る作品だ。
 また、ミカの夫役のジャック・デュトロンの渋い魅力にも注目したい。かつて一世を風靡したアイドルが、天才らしい気まぐれな人物を好演している。キャスティングの妙である。
 さて、この映画の教訓は、チョコレート造りにあれほどのセンスを発揮した人物が、正体不明の嫉妬に囚われて破滅するところにあるだろう。嫉妬にご用心!そして、寒さに向かって美味しいショコラを飲みたいところだが、ショコラの甘い誘惑にも気をつけて!!

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撮影現場でのクロード・シャブロルとジャック・デュトロン

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂