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蛸のサンダル 第29話 SEASON2

起業して1ヶ月がたった。これまでお世話になったいろいろな方に会い、新しい出会いもある。みなさん、ありがたいことに興味を持ってくださるので、そのたびにこれからしたい仕事と起業のあらましを話している。しかし、中には「大人とこどもの食育」ということだけでは満足できなくて、「で?具体的には?」とお尋ねになる方もいる。「日々は何しているの?」「誰とどんなことするの?」「お金は?」

かっこいいなと思ったのは、とあるお菓子屋さんの会長さま。わたしの挨拶を聞いたあと、ふむ、と頷いて「つまり、あれだ。いままで通り仕事をアサイさんに頼めばいいわけですね」。質問はなし。この時はちょっとしびれた。これからも末長くよろしくお願いします、とわたしは頭を下げた。

いろんな人がいる。

面白かったのは、ベーカリーとコーヒーのプロたちが一堂に集まり、わたしの独立祝いの会と称してセミナーを開催した。テーマは「最高のコーヒーと最高のパン」、タイトルはわたしがつけたのではない。コーヒーとパンそれぞれの”香り”を題材に試食試飲ありのセッションを行ない、交流会を持った。場所は、前職での最後の取材地でもある「サザコーヒー 丸の内kitte店」。コーヒー側はサザコーヒー副社長の鈴木太郎さん(第26話)ベーカリー側は北海道・十勝の「満寿屋商店(ますやしょうてん)」の天方慎治さん(第22話)が幹事。セミナーセッションはコーヒーは鈴木太郎さんがトークも担当。ベーカリーは天方さんが司会で、東京・代々木八幡の「365日」オーナーシェフ杉窪章匡さん(第5話)横浜・元町の「ブラフベーカリー 」栄徳 剛さん(第21話)。こうしてみると蛸のサンダルファミリーですね。

わたしの中ではどなたも長く付き合っていて、その知見と技術をリスペクトし、ビジネスのいろんな成長段階にも立ち会ってきた仲間のような気持ちではあるが、意外に業種が違うと交流がない。初めは二人の幹事が別々に、何か宴会をとおっしゃってくださったのだが、そうするとそれぞれの業界の人が集まって業界の話をして終わり。だったら、合同の会にしてみたら?と提案して、面白い、それやろうと実現の運びとなった。面白がってくれる頭の柔らかい方たちで助かるのであります。

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おいしいコーヒーとは何か? おいしいパンとは何か? 互いに「答えはない」と言いながらもトークを重ねるうちに「おいしさ、味覚をどのように表現するか」という話にもなり、香りの繊細な違いを言語化することは実は難しく、たとえば「ピーチ」のような香りと言っても日本と外国ではイメージする桃が違ったりする。というようなことをコーヒー抽出の世界チャンピオン粕谷 哲さん(World Brewers Cup 2016優勝)に語ってもらうなど、深い議論になった。

また、ベーカリー側からは、たとえばホームベーカリーに材料を入れれば、いまでも時間がくるとパンが焼けるけど、そのうちにボタン一つで好きなベーカリーシェフのレシピで焼けるようになるのではないか? あるいは時間をかけなくても材料がジェット噴射されて3Dプリンタみたいにパンが出てくるマシンができるんじゃないか?という未来が飛び出した。そこで鈴木太郎さんがイギリスで購入した電気式小型焙煎機「IKAWA」での焙煎を実演。iPhoneのアプリで好きな焙煎プロファイル(温度など)設定ができ、すぐに焙煎が完了することを見せた。生豆販売が普及すれば家庭で焙煎したてのコーヒー豆が楽しめる。するとロースターは焙煎をする人ではなく、焙煎プロファイルをつくる人になっていくという。「コーヒーサードウェーブの次の4thウェーブはゲイシャ品種のブーム、5thウェーブはプロファイルの共有化です」(鈴木太郎さん/上の写真)

実は「IKAWA」のような小型電気焙煎機が、日本でもパナソニックから「The Roast」という名で販売されている。機械だけではなく、専用アプリとコーヒー豆の解説が載ったブックレット、コーヒーの生豆とプロの焙煎士による焙煎プロファイルが一連となっている体験サービス一体型事業。2017年6月の発売開始から焙煎プロファイルを提供しているのは福岡の「豆香洞コーヒー」後藤直紀さん。2013年の焙煎世界チャンピオン(World Coffee Roasting Championship 2013優勝)だ。IKAWAと違ってThe Roastは一般消費者がターゲットであるために、豆に対応した後藤さんの焙煎プロファイルをダウンロードする方法が採用されていたのだが、2018年12月中旬に発売される後継機では新たにプロファイルの自由設定が可能になった。「The Roast Expert サービス」という名称で価格は25万円(税抜き)。

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ということで、記念すべき蛸のサンダルSEASON2は後藤さんがトップバッター。招き猫の絵を描いてください。「え?招き猫?自分の中の招き猫を描けばいいのですか?」と思案する後藤さん。

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The Roastのブックレットに描いてもらいました。「右手は招いていて左手は? そうか、小判を持ってる!」小判まで書き終えた後で「あ、しまった。小判じゃなくて、コーヒー豆を持ってたほうがよかったなあ」と言って、サインの下にコーヒー豆。やっぱりコーヒーLOVEなんですね。

後藤さんはこの商品での焙煎を手がける事になった時、プロファイルをダウンロードして利用する「IoT(モノのインターネット化)」商品のイメージが精確には掴みきれてはいなかったそうだ。「モノがインターネットでつながるってどういうことなんだろう?わからないけど、ワクワクした気持ちがありました」。焙煎したコーヒー豆を売るのではなく、自分がつくったプロファイルが各家庭のマシンで再現される。ユーザーコミュニティとのつながりや、国産コーヒー生産者とのコラボレーション、次の段階として他のロースターとのつながりが始まった時、「ああ、自分は独りだったけど、ビッグバンの最初の一人になったんだ。ここから拡大していくんだ」と実感したと言う。マシンの価格に対しての使用頻度などを考えれば炊飯器のように各家庭に普及する商品ではないかもしれないが、近い将来にたとえばオフィスや学校、コンビニエンスストアに焙煎機がおかれて焙煎したての豆を販売したり、その場で抽出したりできるようになることは容易に想像できる。IoTが焙煎の価値を変える時、焙煎店はどうなっていくのだろうか? 迫り来る未来に、お店が生き残っていく方法も考えなければいけないと思ってしまう。鍵を握るのはやはり人間のサービスではないかとわたしなどは思うのだが、「でも、それだってAI(人工知能)が進化したら、日々学習して気の利いたセリフを言うようになります。”アサイさん、今日は遅いですね”とかね」と後藤さんはニコニコしながら警告するのであります。

機械化する未来は止められない。IoTも止められない。そこに新しい価値があり、未来が創造され、現在が過去になる。だから乗り遅れないように、みんなでアップデートしていかないとね。「蛸サン」プロフェッショナルな皆様との交流会は、また機会をつくって開催したいと思っております。これからも末長くよろしくお願いいたします。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

株式会社anemosu代表取締役。東京・新宿生まれ。食の老舗出版社に編集者として25年5ヶ月勤務したのち、退職。2018年10月に独立起業。日本の「食」と「大人とこどもの食育」をもっと楽しく深く広めることをテーマに、出版、情報サービス、教育サービスなどを通じて多角的にプランニングしていく予定。趣味はベランダ園芸と料理。血液型はO型、天秤座。