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「旅に出る理由」

大学進学で田舎から上京し、30年以上の時が経った。

東京。
今では完全なホームタウン。

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で。

東京の何が辛いかって言うと、朝晩の通勤ラッシュだ。

ギューギューに混み合い窒息しそうな電車、ホーム、改札。
殺伐としたあの空気と匂い。
味気のない駅と、笑顔を消した人々の顔。
大きなベル音とアナウンスに注意し続けられ、
どこまでも同じ風景が続く。
ここはどこ?私は誰?
やがてそれすらが麻痺してしまい、辛いとも感じなくなる日常。
忙殺だった会社員時代、とても憂鬱だった東京の通勤。

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所変わって、スウェーデンの首都ストックホルム。

「世界一長い美術館」と言われるストックホルムの地下鉄駅は、
全長110キロ、90以上の駅構内に、
それぞれ違うアートが施されている。

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東京の通勤ラッシュを考えると、
効率が悪いとしか思えない大きな洞窟のホーム。
壁から天井まで大胆に描かれた絵画やデザイン。

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ここでは、
整列乗車もなければ、駅員さんが乗客を押し込むこともない。
傘を忘れるなとか、荷物を強く引いてくださいとか、
今から揺れますとか、次の出口が右か左かとか、
細い指示もアナウンスもない。
そもそも、こんなに風変わりな通勤風景は、
ヨーロッパ諸国のどこにもない。

で、
話をストックホルムに戻すけれど、
私は、この地下鉄駅の景色に大きな衝撃を受けた。

たかが地下鉄、されど地下鉄。
これが彼らの日常の風景であり、
オギャーと生まれた瞬間から、
すぐそこにアートがあることが、とても羨ましくなったのだ。

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もちろん、両首都の通勤人口の差や、
経済の違いを承知の上で書くのだけれど、
東京の地下鉄は、殺風景に思えて仕方がない。
毎日通う駅。毎日見る景色。
そこに、アートなんて必要ない?
忙しくて目にしている暇もない?

ふう。
寂しい。

病院、学校、役場、交通機関。
どれもどこか冷たく、無機質に感じてしまう東京の建物。

それに比べ、
人々のリラックスを優先し、
必ずアートやデザインが存在している北欧の公共施設。
生まれてから死ぬまで、当たり前にアートと触れ合える。
この環境の違いは、北欧へ行くたびにいつも考えさせられる。

「すぐそこにあるアート」。

確かに、アートって、
もっとも贅沢なこの世の「無駄」なのかもしれない。
だったら、私は大声で言いたい。
東京の公共に、もっと無駄をくださあい!

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我が都市、東京。
私は決して嫌いではない。
でも。
何でもすぐに壊し、
新しいものに変えてしまう東京が、怖くてたまらなくなる時がある。

そして、こう叫びたくなっちゃう。

都市にアートを。
行政にアートを。
公共施設にアートを。

効率だけを求めず、
脇道に逸れて、見惚れるアートを。
たとえ忙しくても、
つい寄り道したくなる、日常のアートを。

と、
ここまで鼻息も荒く書いたものの、
隣の芝生はどこまでも青々と見えるわけで、
スウェーデンの人たちは、実は東京がダイスキだ。

「東京って最高にクールだ!」
と、旅行客や留学生が後を絶たない。

彼らにしてみると、
東京の高層ビル群や、迷路のような地下鉄マップや、
ケバケバしいネオン看板のそれぞれが、
クールなアートとして映っているのだと思う。

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「どう感じるか」。

旅だとすごく新鮮に感じることも、
生活になってしまったとたん、感じる心を見失ってしまう。
実際、私がそうなんだと思う。

もしも、旅で東京を訪れたなら、
通勤ラッシュも整列乗車も新鮮に感じるだろうし、
高層ビル群やネオンの数々に心臓がドキドキするだろうし、
東京に集まる人々の大きなエネルギーに興奮するに違いない。

生活になることで、
きっと、私は見落としている。
東京の日常に、実はアートがいっぱいあるってことを。
生活になることで、
きっと、私は見失っている。
東京の美しさや面白さや、この都市が持つ本当の底力を。

そして毎日、文句ばかりを並べている。

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だからこそ、
私は旅に出なくてはダメなのだ。

旅に出て、
青々として見える隣の芝生にゴロリ横たわり、
東京にはない何かを感じ取ると同時に、
自分が生きている東京を愛する気持ちを、
冷静かつ情熱的に取り戻す。

「やっぱり、東京って最高にクールだ!」

そんな天邪鬼な自分に会いたくて、
私はいつも旅に出る。

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著者プロフィール

月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身