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12月 ガルビュール

 たまにしか行かないのに、こちらの顔と名前をきちんと憶えていてくれている小さなレストランがある。そこはフランスの南西部の料理を得意としていて、ワインや他の酒もその地域のものを揃えている。先日、久しぶりに行ったら「前回からほぼ1年ですね」と言われてしまい、苦笑するしかなかった。たしかに冬になると、この店のガルビュールが無性に食べたくなるのだ。
 ガルビュールはフランスのベアルン地方の郷土料理である。フランスの南西の端っこに位置し、南にピレネー山脈が聳え、山の向こう側はスペインのバスク地方だ。このあたりに行ったことはないけれど、同じくガルビュールが好きな友人によれば、ベアルンではどの家庭でもストーブに鍋がかけられていて、そこで長時間ぐつぐつと煮込まれているのがガルビュールらしい。ときどき、きれいに澄んだスープのガルビュールの写真を見かけることがあるけれど、火にかけっぱなしにするのだから、すべての具材が煮崩れていて、どろどろになっているのが本来のものだと思う。
 ぼくの行くレストランはどろどろタイプだ。何が入っているかもわからないし、特に際立った個性を主張する具材もない。野菜や豆や出汁を取るための肉類。すべてが渾然一体となって、とてつもなくじんわりと優しい味に仕上がっている。ガルビュールには一緒にテーブルに運ばれてくるピメント・デスペレットというバスク地方の唐辛子をたっぷりかけるのが好きだ。辛さがないわけではないけれど、香りとほんのりと感じる甘味を楽しむべき唐辛子で、これがないと全体が引き締まった感じにならない。
 ベアルン地方の中心都市のひとつであるオロロン・サント・マリーでは、毎年9月にガルビュールのコンテストがあるのだそうだ。作り手によって味もずいぶんと違うものになるだろうから、もしぼくがコンテストの審査員になったとしたら、最後まで1位を決められないだろう。すべてのガルビュールが、思わず笑顔になるような滋味深さを持っているに違いないから。ちなみにぼくの好きなあのレストランでは、このコンテストのイヤー・プレートでガルビュールを出してくれる。その度に、いつかオロロン・サント・マリーに行ってみたいという気持ちになる。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月2日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。