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 悲しいことに、このところ訃報が相次ぎ、気持ちもふさぐが、11月7日にフランシス・レイが亡くなったという報せが届いた。ただし、この日付は死去が判明した日であり、正確な逝去日は不明とのこと。
 フランシス・レイと言えば何と言っても『男と女』のスキャットのテーマソングが知られている。「ダバダバダ」の曲、と言えば、フランス映画に通じていない人にも分かるくらい流布している。何だかよくわからないけれど、ともかくフランス風だと誰もが思うメロディーらしい。でも、あの曲を10代の初めに聞いたとき、こういう音楽は、どこでも聞いたことがない、とおもったものだ。
 フランシス・レイはアコーディオン奏者で多くの曲を電子アコーディオンで作曲したと言う。あの個性的な曲調はそれゆえかと納得できる。『男と女』にしても『パリのめぐり逢い』にしても、テーマ音楽の果たした役割はとても大きいと思う。改めて、レイが天国で幸せに、更に美しい音楽を奏でていることを祈る。

風の薔薇 7
クリスマスと13のデザート

c_tk7-1 さて、回を重ねこのコラムも遂に年末を迎えた。年末と言えばクリスマスということで、何かクリスマスに因んだ作品を、と思った。フランス映画でクリスマスと言えば、私の頭にすぐ浮かんだのはマルセル・パニョルの小説を映画化した『マルセルのお城』だ。これは『マルセルの夏』の続編にあたるものだが、どちらもベースは、パニョルの大ベストセラーだ。監督はイヴ・ロベールで、ヌーヴェル・ヴァーグの作家とは少しずれるが、今回は特別にこの作品をご紹介することにしたい。筆者は91年にイヴ・ロベールがマルセル・シリーズのプロモーションに来日した際に通訳を務めたという経緯もあるので、どうかお付き合いよろしくお願いいたします。
 マルセルはフランス、マルセイユに住む小学生。父は小学校教師だ。母親オーギュスティーヌ、弟のポールとまだ赤ちゃんの妹の五人暮らし。夏休みに父と叔父が共同で借りた山の別荘でひと夏を過ごした。その思い出が余りに甘美であったため、ずっと山で暮らしたくてたまらない。
 マルセルの思いを察した母親の提案でクリスマスを山で過ごすマルセル一家。大喜びのマルセルは、水色の長いコートとウサギの毛皮の帽子を身に着けた母親と部屋の中をくるくるとワルツで回る。南仏の美しい冬景色の中で祝うクリスマスは忘れ難い思い出となる。優しい叔父さんや、山の友達にも再開できた。楽しいクリスマス休暇にも終わりは訪れるが、また春には戻ってこようね、とマルセルは父親に念を押す。
 イースター、夏休み、と時間を見つけては山に行き、一家は憩いのひとときを持つ。その間、美しい少女との初恋、そして悲しい別れも経験する。少しずつ休みの度にマルセルは成長して行く。そして別荘までの近道を教えてくれる親切な、父の元教え子も登場し、心温まるエピソードが展開されるのが『マルセルのお城』の主だったストーリーだ。

「山の友達リリと13のデザートを囲むマルセル一家」

「山の友達リリと13のデザートを囲むマルセル一家」

 この映画作品の原作になっている小説は、マルセル・パニョルの自伝的小説である。彼が、知り合いの人々に思い出話を語って聞かせたところ、余りにも面白いので、居合わせた出版社の社長から執筆を勧められたという。
 パニョルと言えば、フランスの国民的作家だが、映画監督でもあるので、このマルセル・シリーズは自分で映画化したかったらしい。母親役の女優をジェラルディン・チャップリンとイメージし脚本まで書いていたのに、不幸なことにパニョルはこの世を去る。そこでパニョルの大ファンであったイヴ・ロベールが映画化を申し出、出来上がった作品は大ヒット。現実はこのようにとんとん拍子には運ばなかったが、何十年もかかってイヴ・ロベールはパニョルの遺族を説得し夢を実現したと、来日の際に話してくれた。。素晴らしい熱意である。
 さて、私が思い出したクリスマスのシーンについて語ろう。『マルセルのお城』の冒頭でマルセル一家は、山の別荘で聖夜を祝うが、そこでクリスマスには欠かせない「13のデザート」が登場する。この13という数字は、イエス・キリストと12使徒の総勢13人が最後の晩餐を囲んだことに因んでいるという。そのデザートは、いずれも南仏に結びついたお菓子や果物だ。
 いくつか挙げてみると、ポンプ・ア・リュイルというブリオッシュのお菓子、キャトル・マンディアン(レーズン、無花果、胡桃、ヘーゼルナッツなど)、そしてメロンやりんご、みかん、そしてヌガーなど、美味しそうなものばかり。『マルセルのお城』の中では、母親のオーギュスティーヌが全てのお菓子や果物の名を言い「ブラヴォー、ママン」と喝采を浴びる。長いテーブルに所せましと並べられたこれらのデザートは色とりどりで、観ているだけで温かい気持ちになる。
 また、キャトル・マンディアンと銘打って、円盤型のチョコレートにこの四つのフルーツを載せたものを、日本でもヴァレンタインデー前後には、よく見かけるようになった。
 もう一つ、この映画のなかで、あっと思ったお菓子があった。これは、実際にそのお菓子が出てきたわけではないのだが、マルセルたちが別荘に向かうときに乗る市電の車体に取り付けられていた広告だ。ナントの有名なお菓子「プチブール」(ブールとはフランス語でバターのこと)の宣伝看板である。プチブールは、1848年に創業された老舗のLUビスケット(日本ではルー・ビスケットと呼んでいる)の人気商品で、四角いかわいらしいビスケットである。
 プチブールは170年経ってもモデルチェンジせず、変わらぬ味を保ち、フランスでも日本でも、今も人気のあるお菓子である。ほんのりバターの香りのする美味しいビスケットだ。値段も安く、フランスでは恐らくどこのスーパーでも売っている。良い子のおやつと言ったところだろうか。そんな、現代に生きるビスケットが「ああ、マルセルの乗っている市電に広告を出している!」と私は何だか感動してしまった。マルセルの時代でも、もうプチブールは50年の歴史を持っていたことになる。
 時代が変わっても良いものを愛し続ける。そんな、人間にとって一番大切な心を、マルセルに教わった気がする。13のデザートを守り続けクリスマスを祝い、おやつにはLUのプチブールを食べて一息つく。いいな、こういう暮らしは!私たち日本人にも、きっと、こういうものがあるはずだ。
 ついつい変化の激しい目先のことに囚われてしまう毎日だが、変わらぬものに触れ、本質を見失わないようにする。これぞ、マルセルの与えてくれた知恵ではないだろうか。新しい年に向けて、私たちも温故知新で行きましょう!

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プチブールを使ったお菓子のレシピ本の表紙

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂