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砂の言葉 ―エコラリアス―

 今年6月公刊の『エコラリアス 言語の忘却について』(ダニエル・ヘラー=ローゼン 関口涼子訳 みすず書房)・・・すでに多くの書評があるだろう。それらを無視する形で不遜にも、自らの体験値に基づいて記述することをお許しいただきたい。

 日本語関西方言、英語、フランス語、ラテン語*、古代ギリシア語、ドイツ語、日本語関東方言(≒標準語)、オランダ語*、そしてアイヌ語。細かく言えばこれまで9つの言語を学んだが、星印を付けたものは枚挙に入れるのもどうかという形ばかりのもの。かつて身を置いたオランダの大学には、イタリア語、スペイン語なども加えた上で、専門の日本語、朝鮮語、もしくは中国語がハイレベルという、バイリンガルの二乗、三乗・・そんな多言語使用者たちに囲まれ、肩身が狭かった。それでも古代ギリシア語は哲学系の書籍(主にフランス語)を読むとき、とくにデリダなどはギリシア語がそのまま引用されるから、何かと助かることは多い。学生時代は向こう見ずにも、碩学藤沢令夫氏によるプラトンの講読授業(対話篇ピレボスとティマイオス)に顔を出し、その準備のために前日の日曜日を使い果たした。
 過去20年は新しい言語の「仕入れ」も怠る。その一方で自分が創作に用いる日本語の中に、時折何かしらの「奇形」ないし「異化」が生じるのを感じる。どこに属しているのか全くわからない「叫び」紛いの言葉、単語、言わば変辞が顔を出し、ともかくそれを書きとめ、吟味ののち最後の段階まで残すこともある。叙述の中に意図せぬ異言語が分枝を遂げたのかと思わせられる。より豊かな「違和」を生み出すがためにこそ、ここまで作品を積み重ねてきた、そんな確信に浸されていく。そんな想いの多くの部分をこの本はさらに押し広げてくれる。訳者あとがきにもこのように記された。

「芸術や文学に関わるものなら、誰もがそれぞれの関心に応じて思考の種を見出せる本ではないかと思います。」(p.269)

 私は言語学へのアプローチも散漫で、主に哲学と文学(創作)、そして10年間教育の現場にも身を置いた日本語学からの3つの観点に加え、本書でも吟味の対象となる「絶滅言語」にも少しばかりの関心を向けてきた。文中にも名前の見える研究者では、学生時代、丸山圭三郎の紹介・研究ともどもソシュールの『一般言語学講義』に親しんだ。あのシニフィエ/シニフィアン、通時性/共時性などからの問題提起である。08年に上梓した『子どもと話す 文学ってなに?』の原稿を準備する際には、ヤコブソンの『一般言語学』を参考資料として再読した。また「日本語学」というのは、従来の国語学に対し、主要には日本語を母語としない学習者との接触の中から見出された数々の発見、問題点や困難の指摘などを契機に新たに開拓された分野であった。たとえば学校で習う「形容動詞」もこちらでは「ナ形容詞」と括る。その程度の素養しかない私でも、この本の記述は魅力的で、或る意味とても読みやすかった。それは原文の明晰さとともに、卓越した翻訳家にして詩人でもある訳者の技の巧み、惜しみない尽力にもよるものだろう。全21章の断章形式ながら、『権力への意志』(Wille zur Macht)に代表されるニーチェの断章群のような、膨大な細切れの集積とも趣きを異にする。2つのポイントだけに絞って語りたい。

 まずはひとつ・・・砂のこと・・・

 僭越ながら3つの引用を表記するにとどめる。

「ここに〈砂の言葉〉がある。感触は匿名によって持ち去られている。ほとんど乾燥し、手で掬い取ろうとすると、さらさらとかすかな音を立てて滑り落ち、指先にはごく薄い層が残され、それを擦り合わせ擦り込んで、意味の片鱗なりと見出そうとするが、それも水泡に帰し、砂自体は何食わぬ顔でつぎつぎと形状を新たにする。」(拙著『迷宮の飛翔』より)

「言語の分野では、「生」と「死」の用語は、どの段階で引き合いに出すにしても、どちらも適当ではないだろう・・・・生き物の発生や腐敗ではない表現を考えることは可能で、例を出したいのなら、砂漠からの風が絶え間なく動かす砂、手で摑もうとしても指の間からこぼれてしまう砂のイメージを挙げてもいい。」(『エコラリアス』第八章 閾 p.86)

 一つ目は2015年の秋に出した私の作品集の冒頭、編集部からの求めに応じて作った序文の書き出しで、ダニエル・ヘラー=ローゼンの記述にはまだ触れていない。さらに、

「言語は、それを話す者がいようといまいと、時を通じて残る、同じ言語として残ることはないにしても。言語は、別の言語としてのみ生き続ける。そう主張することで、オウィディウスの物語には究極の意味が与えられる。言葉は、その変身の中でしか存続しない、そして、あらゆる言葉は、いなくなったニンフの蹄によって砂に記された文字にほかならないのだ。」(同書第十三章 ニンフの蹄 より結びの部分 p.144)

 3年前、私が若干の内省ののち辿り着いた「砂」の譬えは、いつの間にかエコラリアスとの漸近線を選んでいたようだ。偶然か必然かは問わず。あとはご興味を持たれた方のご想像、ご考察に委ねたい。

 話題を転じてもうひとつ・・・身近にも迫る、忘却の追憶から・・・

「例外ではあるが、唯一の「母語」以上、またはそれ以下のものを保持し、外国語を学ぶ以前にすでに、「何の規則もなしに」学んだ言語を忘れ始め、もう一つの言語を「乳母を真似することで」取り入れる人たちが存在するからだ。」(同書第十六章 Hudba p.185)

 この「乳母」を「保母」にあらためると、私の子にも当てはまる。オランダで生まれたが、2歳を前にいよいよ話し始めるかという段階で突如舞台が転じ、日本語の中に放り込まれた。大人になって日本を飛び出し、今はロンドンにいる。オランダ語も少し学んだが、言葉をめぐる忘却の記憶が強く促したのではないかと思うことがある。6歳までの3年間を同じくオランダで過ごした年上の子も、同年代の友と現地の方言で渡り合ったがやはり日本に戻り、成人してからは長くベルリンに暮らしてきた。先日戻ったが、フェアウェルの席でドイツ人から、ニーダーザクセンの方言があると言われた。オランダに隣接した低地(Nieder)である。もう話せないが、どこかにオランダ語風の発音が感じられたのだろう。同様の話はかつて朝日新聞の記者も書いていた。幼少時をマルセイユで暮らし、おそらく成人してあらためてフランス語を学び、パリに赴任したところがパリジャンから問われたという。あんたは南部、地中海方面にいたのかい、と・・・・いずれも当人には強い自覚が伴わないものの、沁みわたっていたものがある、ということは、忘却された言葉によって記憶されていくものが長く「体に」秘められてきた。

c_nina33 この秀逸な著作については、「大車輪」のシリーズでまた触れることがあるかもしれないが、最後にもう一節を引用する。

「この天国の偵察地から、シリア人の詩人は地獄をくまなく眺め、楽園にたどり着けない地獄の住人と話をすることになった。」(第二十章 詩人の楽園で p.231)

 この詩人の名はイブン・アル=カーリフ、生まれはシリアの町アレッポ、内戦がいま同じ町を「廃墟」ならしめた。そのまま、2018年が暮れていく。



著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

文芸作家。1954年京都市に生まれる。
長篇『空の瞳』(現代企画室)で2003年にデビュー。かたわら今日まで、通信誌やホームページに数多くのコラムや論評を執筆
『子どもと話す 文学ってなに?』(2008 現代企画室)
『新たなる死』(2013 河出書房新社 作品集冒頭の「コワッパ」はル・プチメック今出川店に取材する)
『迷宮の飛翔』(2015) 『スピノザの秋』(2017 いずれも河出書房新社)
この2点は長篇の連作『ユウラシヤ』のプロローグと第1部にあたる。
次回作品『ゲットーの森』(仮題)は2019年に刊行の予定。