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蛸のサンダル 第30話 魔法

独立起業して2ヶ月。会う方会う方に声をかけていただき、SNSの伝播力の凄さを改めて感じている。SNSがない時代に独立したらきっと話題にもならず、すぐに雑誌でも発行しなければ過去の人扱いになったのではないかと思う。もちろん弊害もあるけれど、恩恵が大きいなあと感謝するとともに、SNSをしていらっしゃらない方に会うと、ふと(それも心穏やかでいいな)と思ったりもする。SNSをしていても仕事はちゃんとやってますよ!と、聞かれてもいないのに言い訳したくなる。これって流行りの「SNS疲れ」というやつでは?(流行り物には敏感なほうだ)

少し前になるけど、タイガー魔法瓶のイベント「魔法のレストラン」に行ってきた。イマドキに言えばポップアップレストランというもの。最近は言葉使いが更新されて、催事やイベントをポップアップストア、ポップアップレストラン、○○マルシェ、○○マーケットと名付けるケースが多い。起業したての会社を「スタートアップ」と呼ぶような感じだ。編集者としては、せめて「スタートアップ企業」としてほしいのだが。

で、タイガー魔法瓶だが、炊飯器のイベントだった。このイベントに別の家電メーカーの中の人と行くという、なかなかレアな体験をしてきた。イマドキに言う「ガチな」視察ではなくて、互いにプライベートな勉強というスタンスだから気は重くない。わたしは不調な自宅の炊飯器の買い替えを検討していたところ。同行の彼女は仮にサヤカさんとしよう、サヤカさんは勉強家でいろんな会に積極的に出向くタイプだ。

このイベントは時間入れ替え制で着席スタイル、無料でごはん料理を2品提供するという趣向。1品はメニューに載っている7品からランダムに提供され、もう1品はサプライズというか裏メニューというか、何なのか知らされずに提供される。店名は”La Donabe”。リーフレットには「土鍋ごはんのおにぎりで、愛を語るレストランです」とある。おにぎりで、愛を?

メニュー名も変わっている。ほとんど大げさな舞台演劇を見るような調子で繰り広げられる。サヤカさんに提供されたのは、ごはんに味噌やおかかを握り、カラスミパウダーなどをかけて紫トレビスにのせた料理なのだが、メニュー名は「ほろ苦さが教えてくれたのは、朝焼けの完璧な静寂」。わたしのはポルチーニやトリュフなどを握り、キャビアなどをのせたおにぎりをゼラチンドームに閉じ込めた料理で、そのメニュー名は「満ち足りた二人だけが知っているそれぞれの秘密」というものなのであります。

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メニュー名をサービスマンが臆面もなく口にしながら、うやうやしくサーブする。「満ち足りた二人だけが知っているそれぞれの秘密、でございます」

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裏メニューは白おにぎり。こちらをサーブするときには何と言うのかと思っていたら、言いましたよ、彼は。「究極の愛、でございます。究極の愛とは、シンプルな白いおにぎりのように純粋だからです」。

この数日間のイベントで一日に何回もこのセリフと決め顔でサービスし続けた彼らサービスマンに拍手を送りたい。照れずにやり遂げるには、いかにもプロフェッショナル精神が必要な仕事だと思われた。

言葉は魔法だから、どんな言葉を発するかでその人が変わる。場の空気も変わる。言われた相手の価値観や人生も変えることができる。今年の初めのコラムでも、イラスト原画展をできたらいいかなあと書いたら、サイトオーナーが多忙の合間をぬってオンラインギャラリーを製作してくださった。おみくじのお告げは「業の成ると成らざるとは、志の立つと立たざるとに在るのみ」だったが、志が明確になったら独立起業することができた。
言葉の力を信じることが、本当に大切だなあと思うのであります。移ろう言葉のニュアンスにも敏感であることも。それを教えてくれるのがわたしにとってはSNS。言葉のプロのフィルターを通さずにユーザーそれぞれが発する言葉の生々しさ、荒々しさは、編集者として見ていて飽きないしメモしたくなる宝の山。そう考えればSNSとのつきあいも悪くないと思えてくるのであります。

さて、今回のイラストは?
サヤカさんが書いてくれました。美人さんですが顔出しNGだろうから忖度してイラストだけ。

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サヤカさんの招き猫。メーカー勤務の前はデザイナーさんだったそうで、絵はお手のもの。招いているような、ダンスをしているかような。

今年は激動の一年でした。来年は笑福万来、会社はスタートアップとして成長することができ、自分は元気に楽しく働けますように。
皆様にご多幸がありますように、謎の美女が描いた招き猫とともにお祈りいたします。
来年も何卒よろしくお願い申し上げます。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

株式会社anemosu代表取締役。東京・新宿生まれ。食の老舗出版社に編集者として25年5ヶ月勤務したのち、退職。2018年10月に独立起業。日本の「食」と「大人とこどもの食育」をもっと楽しく深く広めることをテーマに、出版、情報サービス、教育サービスなどを通じて多角的にプランニングしていく予定。趣味はベランダ園芸と料理。血液型はO型、天秤座。