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風の薔薇 8
幸運を呼ぶガレット・デ・ロワ

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 新しい年を迎え、皆様はどのようなお正月をお過ごしでしょうか。先ずは、新年、明けましておめでとうございます。今年も当コラムを、よろしくお願いいたします。
 さて、新年の一月にふさわしいテーマは、と考えると、やはりガレット・デ・ロワでしょう、ということになる。そして、映画との関連で行くと、やはり『シェルブールの雨傘』を置いて他にないと思われたのである。
 2012年にル・プチメックの新宿のお店が3周年を迎えた時に、ヌーヴェル・ヴァーグとパンをテーマにイヴェントを催した際に、私も微力ながらお手伝いした。その時、映画とパン&お菓子というくくりで作品を揃えようということになり、真っ先に頭に浮かんだのも、この『シェルブールの雨傘』であった(あと、もう一本は『大人は分かってくれない』だった)。
 この映画はジャック・ドゥミが監督し、1964年のカンヌ映画祭のパルム・ドールに輝いた作品である。特筆すべきは、全編歌で物語が進行するというところである。余談ではあるが、以前取り上げた『ロシュフォールの恋人たち』は『シェルブール』の続編のような映画である。
 さて、ストーリーをご存知でない方たちに、ざっとご紹介しておこう。
 舞台はフランス北西部の港町シェルブール。傘屋を母親と営むジュヌヴィエーヴは17歳の美しい娘だ。好青年、ギイとの交際も順調で楽しい毎日。ギイは名付け親の叔母さんと二人暮らしの自動車整備工だ。しかし、ギイの元に召集令状が届き、二人の関係は一変。当時、フランスはアルジェリア戦争の最中で、若い男性は不安と背中合わせの日々を送っていた。
 戦地に赴いたギイからの連絡は途絶えがちだが、ジュヌヴィエーヴがギイとの子供を宿していることがわかる。折しも、母親と営む傘屋に追加の税金が課せられ、苦境に陥る。周囲の冷たい視線に耐え兼ね、ジュヌヴィエーヴは求婚する金持ちの宝石商と結婚し、パリに居を移してしまう。
 戦地から帰還したギイは真実を知り、絶望するが、かねてより優しく接してくれていたマドレーヌの力づけにより立ち直り、ガソリンスタンド経営に乗り出す。経済的にも安定し、マドレーヌと家庭を築いたギイ。クリスマスも間近に控えたある日、ジュヌヴィエーヴはギイのスタンドを偶然おとずれ、二人は再会する。やはり、彼女にとってシェルブールは忘れ難い土地であったのだ。
 ドゥミは、先月ご紹介した『マルセルのお城』の原作者マルセル・パニョルの小説『ファニー』にインスピレーションを受けたのでは、という説もある。しかし、戦地に赴いた恋人を待つ若い娘の懊悩を描く物語は、世の中に数多ありそうなので、特定するのは難しそうだ。
 若い二人の恋物語の細部で、私がまず注目した箇所がある。仕事を終え、ジュヌヴィエーヴとのデートに出かける前に一旦帰宅したギイが、小腹を満たすシーンだ。「お腹が空いたな」と言いながら、片手に板チョコ、もう一方の手にバゲットを持ち叔母さんと談笑する。「あ、これこれ!」と思った。フランスの子供も大人も、手近にお菓子がないとき、チョコとバゲットを食べる。初めて見た時はびっくりした。「へー、簡単なおやつだな。でも、いいかも」と思った。日本ならおにぎりとあんこ、という感じかもしれない。皮はパリパリ、中はふっくら、もちもちの美味しいバゲットと板チョコは、シンプルだがとっても相性が良いので、是非、お試しあれ。
 小腹を満たした後、ジュヌヴィエーヴとオペラを観に劇場に出かけるギイ。演目は『カルメン』。その後、ちょっと踊ろう、ということになり、ダンス・ホールに繰り出す。ダンス・ホールとは古風なようだが、フランス人は、バーに踊れるフロアーが備え付けられた場所によく出かける。日常とダンスが結びついている生活は羨ましい限りだ。
このダンス・ホールでひと踊りした後、喉の渇いたジュヌヴィエーヴはバーテンに「あれを絞って」と注文する。「あれって何ですか」と問いかけるバーテンに「レモンよ。シトロン・プレッセよ」と素っ気なく答える。これもまた「あ、これこれ」である。
フランス語を習いたての頃に教科書に出てきた「シトロン・プレッセ」。シトロンとはレモンの意味で、プレッセは絞った、という意味なので、まさにレモンを絞った飲み物だ。とにかく、酸っぱい!勿論、袋入りの砂糖が3つも4つも付いてくるが、いくら入れても酸っぱいのだ。確かにビタミンCが大量に含まれている感じはするが、酸っぱすぎて、美味しいかどうか分からないくらいだ。
日本ではカフェなどで、こうしたレモンをダイレクトに絞った飲み物を出すことは稀なようだが、フランスでは現在でも、殆どのカフェでシトロン・プレッセはあるようだ。汗びっしょりになるくらい踊った後のシトロン・プレッセはやっぱり美味しいだろうな!
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 そして、この映画の注目のシーンに登場するのは、これぞ一月の定番!ご存知、ガレット・デ・ロワである。お金持ちの宝石商ローラン・カサールは知り合いの宝飾店で見かけたジュヌヴィエーヴに一目惚れ。ジュヌヴィエーヴの母に夕食に招待された日が丁度、エピファニーでガレット・デ・ロワを皆でデザートに切り分ける。
エピファニーとは日本語では「公現祭」といい、東方の三博士が幼子イエスの誕生を祝ってベツレヘムを訪れた一月六日を記念するお祭りである。その日に食べる習わしのお菓子がガレット・デ・ロワと呼ばれ(ロワとは「王」の意味で、三博士をこう呼びならわしている)、アーモンドのクリームの入ったパイで、中にフェ―ヴと呼ばれるお人形が入っている。もともとはフェ―ヴ(フランス語でソラマメを意味する)が入っていたが、いつしか陶器製のお人形とかオブジェを入れる習慣となって行った。
 ジュヌヴィエーヴの家でデザートを食べていたカサール達のうち、フェ―ヴの入ったピースを食べたのはジュヌヴィエーヴだった。フェ―ヴを当てた人はその日の王、または王妃となり、会食をしていた他の人たちは従者となる、という遊びである。
紙でできた王冠を被せてもらったジュヌヴィエーヴは、その場にいたローランを「あなたは私の王さまよ」と歌い、目を伏せる。このシーン、フェ―ヴを当てたジュヌヴィエーヴがちっとも嬉しそうでないのが、彼女の未来を暗示しているようで、何だか切ない。そしてカサールは、美しいジュヌヴィエーヴに見とれている。
 ガレット・デ・ロワは今でこそ、ちょっとしたブームになっていて、日本でも一月になると、売っているケーキ屋さんも多い。紙製の冠も付いていることが多く、日本もフランスみたいになってきたな、と痛感する。筆者が初めて『シェルブールの雨傘』を観た時には、このシーンの意味が分からなかった。
お店に依ってクリームの味も違い、表面の模様も違うので、あれこれ食べ比べるのも楽しい。私が去年買ったガレット・デ・ロワの中に入っていたフェ―ヴに、ヒールの高いウェスタン・ブーツがあった。色も赤で、とてもお洒落で、当てたその日には、とても嬉しい気持ちになった記憶がある。ガレット・デ・ロワは幸運を呼ぶ、新年の楽しいお菓子だと思う。ちなみに、昨今ではフランスでも日本でも、ガレット・デ・ロワは一月いっぱい売られていることが多く、お試しになりたい方は、お早めにどうぞ!
『シェルブールの雨傘』は台詞が全編歌われているという画期的な作品で、オペラのように音楽を堪能できる側面もある。勿論音楽を担当したミシェル・ルグランの才能には脱帽である。監督のジャック・ドゥミはアメリカのミュージカルが大好きで、オペラも大好き、それで、このような作品を作ってしまったという、稀有な人である。
 しかし、ストーリーは骨太で、単に女の子と男の子の恋物語をきれいな歌で味付けした、というものではない。底に流れているのは、戦争によって引き裂かれる恋人たちの悲哀、生きていくために打算的とも思える選択をせざるを得ない庶民の苦しさである。ドゥミの映画は階級を描いているとは言われているが、重い税金に苦しむジュヌヴィエーヴ親子には、今日のフランスでの黄色いベスト運動もオーバーラップするような気がする。
フランス映画は考えさせるものだ。たとえ、ちょっと観たところ、カラフルで幸せな人生を描いているように思える作品であっても。だからこそ第七芸術と呼ばれる所以なのだろう。

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エピファニーを祝う伝統菓子「ガレット・デ・ロワ」

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂