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継往開来。

或る日、店で外国人のお客様が「これは、売り物?」とディスプレイに使っていたボロ布をしげしげと見つめていた。

その日は陶芸家・稲村真耶さんの展覧会中で、藍色の染付に合わせて、藍染の古いボロ布をディスプレイしていたのだった。
その布はもう随分前に買ったもので、何にするかは考えもせず、ただ継ぎ接ぎされた姿が面白く、何となく好みだったからという理由だけで手に入れたもの。
だから長らく引き出しの中に眠っていて、その存在すら忘れていたが、何かディスプレイ出来るものはないかしらんと、ごそごそガラクタストックをあさっていたとき、「ああ、そういえばこんなものを持っていたっけ」と取り出した次第。
その布を、フランス人らしきその人は欲しいと言い出した。同伴者の女性(彼女もフランス人らしい)も、その布が気に入っている様子。
欲しいと言われれば、可能な限り什器なども販売しているのだけれど、その日はお断りした。
私が持っている布の中でもこれは大判で、多分また何かに使うだろうと思ったからだ。
「どこで買えるか」と聞かれ、東寺で行われるがらくた市をお伝えした。

そうしたら、その後なぜか店の什器類ばかり「これは販売してますか」と聞かれることに。
例えば、商品を陳列しているお盆。
それは多分、漆器として世にでるはずのものだったろうが、生地の状態で放置されたらしく、漆は塗られていない。その製作途中の素の姿が好きで買い求めたものだ。
また別のお客様は、ちゃぶ台をご所望に。
これは私がコレクションしている一つで、一人用サイズのおもちゃみたいな小さなちゃぶ台だが、きちんと脚も折り畳めて収納できるもの。部屋では枕元に置いて寝る前にお茶を飲んだり、アロマディフューザーを置いたりしている。

でも、古いものは一点もの。
その希少性が人気の理由でもあるけれど、店を持つようになって、物を独占してしまうことにいくばくかの罪悪感が入り混じったような、もやもやした気持ちを抱くようになった。
望む人の元へ、望まれたものを届けることが理想なのだが、自分の一点物の私物はお届けできない。
ならば、古いものを写したものを作ってみようかというのが、今年の妄想計画。
古き良きものを継承しつつ、作り手の気分を載せたもの。
レプリカとは少し違う、面白いものができればいいなと。

ちなみに、私の店である好事家 白月keiokairaiの中にあるショップ・イン・ショップで、keiokairaiは[継往開来]が語源。
「過去のものを受け継ぎ、発展させながら将来を開拓すること」を意味するだけに、その名にふさわしいものを作れたらと思う。

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藍染の布
一番人気だった私物は、この大判の布。縞の上に、縞を継ぎ接ぎするセンスが素敵。

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ちゃぶだい
豆皿を4枚載せたら満員御礼なミニサイズのちゃぶ台。白月で復刻させてみたい古道具の一つ。

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かご
最近見つけたお抱え籠。舞妓さんたちもこの籠を抱えてお座敷へ向かう。竹籠の上に巾着が付いていて、その更紗柄の布にひかれて購入。
実はガラクタを並べた蚤の市をギャラリーで開催しようと企画中で、買い付けにでかけたのに私物しか買っていない…。


著者プロフィール
月刊連載『或る日。』毎月20日公開
prof_shirotsuki内藤 恭子
ライター・編集などの仕事をしながら、不定期にオープンする<好事家 白月>を主宰。
https://www.instagram.com/shirotsuki_kyoto/