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TOMORROW

この1年は子どもの影響もあり、あいみょんが家でも車でもかかっている。
武道館ライブタイトルが「1995」でなんでだろ?と調べたら彼女は1995年生まれだそう。
その年は、阪神淡路大震災の年だ。

1995年1月17日は、5階の古いアパートに一人暮らしをしていた。私は布団の中だったけれど起きていた。
その日は、初めて展示会の展示レイアウトを任され、装飾する日で朝の6時30分には師匠を乗せて
車で出発する段取りだったから早起きしていたのだ。

アパートの5階は大きく揺れ、食器棚の中のものが扉に傾いて開けたら割れる状況にあったけれど
とりあえず支度をし放置して出かけた。
テレビやラジオの状況から、車で大阪に行くことは無理そうだなと京阪電車で大阪に一人で向かうことになる。

あまり覚えていないのだけれど、電車は空いていて人の少なさで異様だったように思う。
電車は北浜までしか行ってくれず、降ろされて本町まで歩くことに。
車もなく、歩いている人はほとんどいなくて、ゴジラでも来たような街の高いビルの窓は所々割れ地面に破片が落ちていた。

初めて任されたレイアウトは、仕事を始めた時からアシスタントとして連れて行ってもらったアパレルのブランドで
その年のテーマが「バロック」とか「ロココ」とかそういうものだったんだと思う。
私は、直径80cm、高さ2mくらいありそうなテルマエ・ロマエに出てきそうな柱の什器をレンタルしていた。
そしてその什器は朝からレイアウト出来るようにと、わざわざ前の日に搬入してもらっていた。
気になるのは、その柱のことばかりだった。

会場に着くと社員の人は誰も来ていなくて、警備員の人に開けてもらった。
ひやっとした空気と真っ暗な空間の電気スイッチをつけた時の感触だけはなんとなく覚えてる。
電気をつけると、ドミノ倒しのようにレンタルした柱は斜めに倒れていて、会場の柱に寄りかかっていた。
立て直そうかと思い近づいたら、会場の柱は全面鏡張り。衝撃で鏡に太いヒビが入っていた。

公衆電話から電話をかけたけれど、電話は会社にも誰にも繋がらなかった。
シーンとした会場で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
何分ぼーっとしていたかはわからないけれど、ブランドの担当者が一人やってきて
「今回の展示会は中止ですね」と言った。

その後、どうして行ったのかは覚えていないのだけれど、いつも行く地下にある定食屋で600円の「肉じゃが定食」を食べた。
お客は私ともう一人の男の人で、店の上の方にあるテレビをお店のご夫婦と一緒に見ていた。
ヘリコプターの音と焼け野原の映像。増え続ける死者の数は、とても非現実的で隣町の話だと全く思えなかった。
ただ、急に柱のことを心配していた自分を恥じた。
そして、朝一番に会社に電話をして「今日は会場に車で行けるでしょうか?」と尋ねた自分を。
受話器を置いた瞬間電話がなり、知り合ったばかりのモリカゲが「大丈夫か?」と電話をくれたことを思い出して
大切な人を、家族の安否を思いもしなかった自分を情けなく思った。
ほろっと泣きながら食べた肉じゃが定食。キヌサヤの緑がとても綺麗たっだ。

「早く朝にならないかなぁ」と旅に出る前とか、楽しみなことがあると思う。
反対に「明日なんて来なきゃいいのに」と思う日も、ある。
けれど、明日が来ない日もあるかもしれない、とあの日を境に知ることになる。

どんなに辛くても朝は明日はみんなに平等にやってくると、今を生きようとさらに1月は思う。
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先日、太陽の塔に。何度かトライするもタイミングが合わなかった内部入館!

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黄金の顔(未来)と太陽の顔(現在)

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黒い太陽(過去)

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内部には第4の顔もあるのですけど、それは是非中に入ってみてください。

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TOMORROW

 


著者プロフィール

月刊『IN THE POCKET』毎月27日公開
icon_mayumiモリカゲ マユミ

「モリカゲシャツの企画・販売係 面白いこと担当」

MORIKAGE SHIRT http://mrkgs.com

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