title_tk

風の薔薇 9
『男と女』 真冬のドーヴィル海岸にたゆたうサンバ

 今月も一本の映画を取り上げて行きたいのだが、コラム執筆直前にミシェル・ルグランの訃報が届き、愕然とした。1月26日に亡くなったという。『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』の魅力的なナンバーを作曲したミュージカルの神様のようなルグランも遂に天国に旅立ってしまった。本当に寂しくて、まさに寂寥感に包まれてしまった。しばらくは彼のアルバムを聴いて、冥福を祈りたい。

c_tk9-1

海岸を散歩する老人と犬

 さて、2月の映画は冬の景色が美しい作品がいいなと思い、ドーヴィルの海岸が印象的に描かれているクロード・ルルーシュの『男と女』を取り上げることにした。昨年末にはテーマ曲を作曲したフランシス・レイが亡くなり、レイの追悼の気持ちも込めている。アコーディオン奏者のレイの作る曲は、独特の温かみがあって心に残るし、この映画とは切り離せないほどピッタリの雰囲気を持っている。
 ところで、このコラムでは主にヌーヴェル・ヴァーグの映画作家を中心にご紹介しているが、ヌーヴェル・ヴァーグとは何ぞや、となると、世間では案外曖昧に扱われている感がある。
 そもそもヌーヴェル・ヴァーグという言葉は、フランスで「レクスプレス」という総合雑誌が1957年に広く行ったアンケート調査に由来している。その結果を発表する際に、パリ解放(1944年)の時に未成年だった若者(1957年の時点で18~30歳)を「ヌーヴェル・ヴァーグ(フランス語で「新しい波」を意味する) 」と称したことから来ているのだ。
 その頃は、映画に限った呼称ではなかったのだが、現在ではその年頃の映画作家の作った映画をヌーヴェル・ヴァーグの作品、などと呼んでいる。言葉の定義には諸説あるが、 今日では、ヌーヴェルヴァーグとは、1950年代に興った新しい映画の傾向を指す言葉として使われる、という理解が一般的なようである。
 そこで、今回のテーマである『男と女』の監督クロード・ルルーシュであるが、彼は1937年生まれであるから1957年に二十歳である。したがって、ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家と呼んで差支えはなさそうだ。
 しかし、一方でヌーヴェル・ヴァーグの牙城と言われた批評誌「カイエ・デュ・シネマ」の執筆陣からは「ルルーシュのような商業主義の監督と我々を一緒にされては堪らない」という抗議の声が聞こえてくる。
 しかしヌーヴェル・ヴァーグとは、ある種の傾向をもった映画作家の集団を指す言葉では本来ないのだから、世代的に一致すればルルーシュをそう呼んでも構わないのではないだろうか。そんな訳で、彼の作った作品を今回は論じてみよう。
 とにかく『男と女』は1966年の大ヒット作であった。賞としては、先ずカンヌのグランプリを受賞。当時はカンヌの最高賞はこう呼ばれていた。(1975年に、現在でも使われているパルム・ドールに変わっている。)そして米アカデミー賞の外国語映画賞と脚本賞、主演のアヌーク・エーメはゴールデングローブ賞の主演女優賞に輝く、等々。何でも各国の39の賞を受賞しているというから、大したものだ。
 先のカイエ派批評家の辛口の文章は、やっかみから来ているのではないかと思うのは勘繰り過ぎだろうか。
 物語は、フランス北西部、ドーヴィルの冬の海から始まる。タイトル・クレジットが流れる中、美しい海岸風景が繰り広げられ、クロード・ルルーシュならではの色彩センスが全開となる。何だろう、この寒そうに煙った海を進んでいく船のくすんだオレンジとブルーの絶妙な色彩は!この組み合わせは偶然なのかも知れないが、自然の色から上手に切り取るセンスには脱帽である。
 そしてカメラは女の子と母親の姿をとらえる。女の子は5~6歳、と言ったところだろうか。母親はカジュアルなコートに身をつつみ、しきりと娘にお話をしている。身振り手振りを交えて熱演している物語は『赤ずきんちゃん』。面白かった?と問いかける母親に、娘はにべもなく「ううん、面白くない」と答える。
 母親は「どうして」と問う。娘の答えは「だって怖いんだもん」である。そしてねだったお話は『青ひげ』だった。この辺りは、ルルーシュ監督のユーモアなのだろうか。確かに『青ひげ』はハッピーエンドと言えなくもないが・・・
 一方、カメラは移動して、一人の男性をとらえる。その男は車の助手席に乗り、あちらに行け、こちらに行けと命令している。と、車は突然カーブする。男は慌ててハンドルに手を添え、軌道修正する。実は運転していたのは5~6歳の男の子だった。なんて悪戯な親子だろう!

c_tk9-2

ジャン=ルイとアンヌ

 ストーリーは、アンヌ(母親)とジャン=ルイ(父親)の二人をめぐる恋物語。二人とも配偶者を失っている、いわゆる片親家庭の母と父だ。彼らが同じ寄宿学校に子供を入れているという縁で知り合い、惹かれ合っていく。しかし、アンヌは夫を失ったことをまだ受け入れられていない。それほどに二人は深く愛し合っていた。これからの展開は、映画をご覧になっていない方もいると思うので、詳細には触れないことにする。
 冒頭のこのシーンで、ストーリーの主要人物が、この二組の親子とわかってくる。そして、もう一組、海辺を散歩する老人(失礼!やや年齢不詳です)とほっそりとした犬が登場する。
 これから数回あらわれるこの飼い主と犬の雰囲気が、たまらなく良いのだ。何だか哲学的にも見えてくる。真冬の海岸を歩く男性と犬、この二人(と言っても良いのだろうか?)の気持ちが通じ合っていることが、画面を通して伝わってくる。ある意味、人間同士の絆に勝るとも劣らないものが、二人の間に存在しているように思えてくる。互いの人生(?)の道連れとしての信頼感が、強く感じられるのだ。
 さて、この映画のもう一つの見どころは、アヌーク・エーメの美しさであろう。ワンレングス(表現の古さをお許しください!)の髪を無造作にかき上げる仕草が、とても似あっている。その自然な動作が画面をエレガントに引き締めている。
 そしてカウボーイ風のランチコートを何気なく着こなしているのにも感心してしまう。お洒落な人だから、の一言では片づけられない、彼女の内面の深さから湧き出る個性故なのだろうと思う。ユダヤ系であるエーメは、ナチス占領下のフランスで、幼いながら人知れぬ苦労を嘗めたことだろう。
 先月ご紹介した『シェルブールの雨傘』に主演したカトリーヌ・ドヌーヴも素晴らしい女優だが、アヌーク・エーメも劣らず素敵だ。ちなみに、エーメという苗字はあの大詩人プレヴェールが名付け親らしい。(エーメとは、愛されている人、という意味のフランス語)話が逸れたが、『男と女』ではアヌーク・エーメ演じるアンヌの役柄はまことに重要で、彼女の魅力がなければ作品が成立しない、と言っても良いほどだろう。
 そして、もう一人、音楽も担当したピエール・バルーの圧倒的な存在感が画面を引き立てている。バルーは知る人ぞ知る、フランスへのブラジル・サンバの紹介者として、音楽シーンでは大切な人だ。この作品の中で、楽曲を数曲提供し、自ら歌ってもいる。
 しかし、我々の心に強い印象を残す俳優としてのバルーの力は、素晴らしい。少年のような眼差しをした永遠のさすらい人であるピエールが、茶目っ気たっぷりに妻のアンヌと戯れる姿は、彼でなくては演じられなかっただろう。
 『男と女』の製作過程をバルーが語るのをインタヴューで聞いたが、ルルーシュが企画した当初には、バルーの起用のみが決まっていたらしい。曰く「亡くなってしまった男を忘れられない女の物語だ。出演者は君だよ、ってルルーシュは言ったんだ」バルーは「いいよ」と答えたが、資金が集められず、撮影はなかなか始まらなかったので、ブラジルに行ってしまったとか。
 夫が亡くなってもずっと忘れられないでいる妻の気持ちがリアリティを持って迫ってくるのも、バルーの個性の輝きがあればこそである。
 このストーリーの核になっている、夫が亡くなってもずっと忘れられないでいる妻の気持ちがリアリティを持って迫ってくるのも、バルーの個性の輝きがあればこそである。
 彼は『男と女』の撮影が資金不足で中断しがちだった時に、サラヴァという音楽レーベルを立ち上げて、映画製作の一助にしようと思ったとのことだ。音楽の権利を売って、何とか撮影のフィルムを買うお金にしようと考えたのだ。
 結果的に映画が興行的に上手く行きすぎて、まるで、映画がヒットしたからレーベルを作ったようになってしまった、とインタヴューで語っていた。永遠の男の子ようなバルーには幸運の女神がずっと付いているのかもしれない。
 勿論、ジャン=ルイ役のトランティニアンの演技も素晴らしい。台詞の少ない役どころだが、豊かな表情がとても生き生きとしている。また、この映画、全ての台詞は限りなくアドリブに近い印象で、起用された役者はさぞかし大変だっただろうと、つくづく思う。
 また特筆すべきは、彼の走る姿の美しさである。映画の中で何度もダッシュするトランティニアンの足の運びには、彼の一途な思いが結晶しているようだ。ドーヴィルの海岸で、モンテカルロのホテルで、サンラザール駅の階段で、ひたすら駆けるシルエットが気持ちをよく現わしている。
 この映画のキャストは、バルーが友達のトランティニアンを連れてきて、トランティニアンが知り合いのエーメを連れてきた、とまるで学生の自主製作映画のような繋がりで決定したと言う。
 フランシス・レイとピエール・バルーの作った曲『わたしたちの陰に』がドーヴィルの鈍色の空を背景に流れる。すると、冷たいグレーの景色までもが、燃えるような情熱を秘めているように見えてくる。寒い冬の映画だが、何だか心は温かくなる素敵な作品である。

c_tk9-3
ピエール・バルー 若き日の写真と

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂