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「大往生」

大正8年生まれ99歳の伯父がなくなった。昭和29年34歳で台東区谷中の商店街に理髪店を開業。以来90歳を過ぎ、家族の勧めでカミソリを置くまで、理容師一筋の頑固な下町のオヤジだった。趣味といえば、休みの日に散歩がてら浅草や上野まで外食に行く位のもので、酒もギャンブルもやらず普段は無口な伯父だった。そんな伯父だったが、新年会などで親戚が集まると昔話をすることがあった。特に第二次世界大戦中、衛生兵としてビルマに赴任した時のことはよく聞かされた。はじめは戦争がどれほど辛いものだったのか、終戦後日本に帰ってくるまでの2年間はどのようだったのかという話なのだが、だんだんと仲間の武勇伝を雄弁に語りだすのもいつものことだった。私はその時ばかりは伯父のことがあまり好きになれなかった。毎回同じ話の繰り返しに、生意気な年齢になった頃の私は中途半端な反戦論を切り返したりもしたが、今となってはその昔話を雄弁に語ることで、戦争でおった大きな心の傷を癒していたのではないかと思うとすこし心が痛い。6年前に他界した私の父は、疎開先で終戦を迎えた。新年会では7歳年上の義兄の話を静かに聞いていた。その時父がどのように思っていたのか、今となっては知ることはできない。ただ父が残した「もう征かぬ 子の夏シャツを 母濯ぐ」という俳句から想像すると、過ちを二度と繰り返してはいけないという気持ちは一緒だったのかもしれない。

谷中の伯父は、二年前に連れ合いを亡くし、少し張り合いがなくなっていたようだが、この正月も新年会では出前でとった一人前の寿司を残さずに食べるほど元気で、今年迎える100歳のお祝いの話もしていた。大きな病気や怪我もせず、介護士の力を借りながらも最後まで理髪店のある自宅で過ごした。そして慣れ親しんだ「お店」での葬儀の様子は、近所の人たちも羨む大往生であった。

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※写真は、個展開催の際、色紙に書いた父の代表句の1つ。


著者プロフィール
月刊連載『パイント・オブ・ギネス プリーズ!』毎月8日公開
icon_naga長濱武明(音響空間デザイナー・アイルランド音楽演奏家)

1992年に初めて訪れたアイルランドでアイルランド音楽と特有の打楽器であるバウロンに魅了され、以来十数回の渡愛の中で伝統音楽を学び、建築設計の実務も経験する。現在は音響空間デザイナーとしての業務をこなしながら、国内におけるバウロンプレーヤーの第一人者として国内外で演奏活動をする他、プロデューサーとしてコンサートやワークショップを主催している。
バウロン情報サイト バウロニズム https://www.facebook.com/Bodhranizm