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風の薔薇 10
天才料理人の一夜限りの晩餐会

 寒い2月の間、本当にインフルエンザの猛威はすごかったようですが、皆様は如何おすごしでしたでしょうか。私は何とか無事に感染せずに3月を迎えることができました。すると現金なもので、案外たいしたことなかったな、と早々と忘却の彼方に押しやろうとしています。

 さて、3月と言えば何と言っても、ひな祭り。バレンタインデーが過ぎると、世の中はひな祭りのモードに入る。いや、このごろはホワイトデーも盛んであった。しかし、ひな祭りの方が先にやって来るから、桜餅やひなあられ、桃の枝などが店先を飾っている。可愛いもの、美味しいものの季節到来なので、料理に関係した映画を選びたくなった。それなら『バベットの晩餐会』以外ないではないか!というわけで、今月は『バベット』について語ろう。
 私事ではあるが、昨年夏にフランスの南西地方を巡る旅をした。2年前にインドで同じホテルに泊まり知り合った二組のフランス人カップルが住んでいる地方で、何度も誘われたので、重い腰を上げた。大きな都市としてはトゥールーズがあるが、その近郊の地域も車で廻った。
 ロートレックゆかりのシャトー・デュ・ボスク近くのビストロで食事をした時のことだ。店の名前は『バベットの晩餐会』。気取らない料理が美味しいビストロだったが、食後にオーナーと思しき男性に「バベットの映画がお好きなんですか?」と尋ねてみた。すると「一番好きな映画です!」と力強い口調で答えが返ってきた。「そうそう、素敵な映画でしたね」と答えたが、一番好きと言い切るのってスゴイ!と思った。

c_tk10-3 そんなことがあったので、『バベットの晩餐会』をもう一度観よう、と心に決めていた。今回、観直して本当に感動した。日本で公開された当時に、私生活が余りにも多忙を極めていたので見逃し、大分たってからDVDで観た。その時の感想は、風景のとても美しい映画、そして美味しそうな料理がやまほど出てくる、程度であった。この度、観直して、以前に観た時の私の眼は相当ボンクラだったと恥ずかしく思った。
 この映画の監督は、ガブリエル・アクセル。彼はデンマーク人だが、18歳までパリで育った。どおりで後半のフランス料理の食卓のしつらえが、とてもフランス的だ。この作品は評価も大変高く、1987年のアカデミー賞外国語映画賞も受賞している。
 原作はイサック・ディーネセン。彼女はデンマーク人女性だが、英語で執筆するときは男性の名前のイサック・ディーネセンを名乗り、デンマーク語の際にはカレン・ブリクセンという本名を名乗っている。作品としては『アフリカの日々』(メリル・ストリープ主演で映画化され、タイトルは『愛と哀しみの果て』)が知られているが、『バベットの晩餐会』も素晴らしい小説だ。
 ここでは主に映画について語っていきたい。大まかなストーリーをご紹介しよう。デンマークの辺鄙な村に住む牧師の娘たち、二人は姉妹で、もう若くはない。父は既に亡く、姉妹で信者たちと時折集会を持っては、敬虔な生活を送っている。ある嵐の晩、一人の女性が命からがらと言った風情で彼女たちの家のドアを叩く。名前はバベット。パリコンミューンで夫と息子を殺害され、自らの命も危うくなり、知り合いの紹介で姉妹の家にたどり着いたと言う。  
 姉妹の昔の知人の紹介状を携えてきたバベットは、その日から無償で、姉妹の家で家政婦として働くことになる。家事や料理を上手にこなすバベット。買い物も巧みで、上手に値切ったり、品物の名前を言っては言葉を覚えたりと、村の生活に溶け込んでいく。
 ある日、フランスの友人に毎年買ってもらっていた宝くじが当たり、巨額の賞金を手にする。折しも姉妹の父の生誕100年のお祝いの食事が計画されていたので、そのすべてを取り仕切らせて欲しいと、バベットは懇願する。
 姉妹の承諾を得たバベットは、本格的に晩餐の準備にかかる。フランスに帰り、食材の仕入れを整え、食器やリネン類の用意にも抜かりがない。果たして、当日のディナーは驚くほど見事で、最初は食事に無関心を装っていた、禁欲を旨とする信者の面々をも魅了してしまう。
 歳を重ね、いがみ合う場面も多く見られた信者たちは満たされた表情で、晩餐の後、星明りの下、手を携え歌い、踊り始める。その光景を見て、姉妹の顔から笑みがこぼれる。バベットの晩餐は村の人の心を変えてしまったのだ。
 こんなことがあるのだろうか。これが、最初に抱いた感想だ。料理が人の人生を変えるなんて。しかし、すぐに、これはまさに芸術と呼べるほどの料理で、世界を変える力があるのだ、と悟るに至った。
 晩餐を準備するバベットの表情は真剣そのものだが、同時に愉し気でもある。食事の支度は、人の気持ちを幸せにする。その手際は無駄がなく、スピーディーで迷いがない。銅の鍋ややかんを手に、アスリートのように台所を動き回るバベット。ああ、私もこんな風に料理の精のように振る舞いたい。切にそう思った。
c_tk10-3 バベットの作ったメニューは意外とシンプルだ。ウミガメのスープ、ブリニ(パンケーキ)のデミドフ風(サワークリームとキャビアのせ)、ウズラのパイ、季節のサラダ、デザートはフルーツの砂糖漬け添えババ・オ・ロム(サヴァラン)。軽くて、風味豊かな料理がそろっている。
 食事が終わった頃、バベットはかつてパリの名店カフェ・アングレの料理長だったことが明らかになる。どおりで、洗練された料理ばかりだった筈だ。カフェ・アングレと言えば、プルーストの『失われた時を求めて』にも登場する19世紀の超一流レストランだ。その厨房で毎日陣頭指揮を執っていたバベットが、宝くじの賞金で一夜限りのフレンチ・ディナーを用意する。一流の食材やアペリティフ、シャンパン、ワイン、を揃えて散財しても、これは本当に優雅な楽しみだ。
 バベットはこの日の晩餐を自分のためだったのだと言う。亡命して姉妹のもとに身を寄せた彼女にとって、日々安心できる居場所を得られたことは何にも代えがたいことだった。そのお礼の意味もあっただろうが、天才と謳われた料理人の彼女にとって、精魂込めて晩餐の準備をすることは、久々に心躍ることだったに違いない。
 監督のアクセルは、この映画は、人生における選択についての映画とも言える、とインタヴューで語っている。人は何かを選択しなくては生きていけない。その時、誤った選択をしてしまったかも知れない、と悔やむこともある。しかし、選択しなかったことも、人生において、何かの形で私たちの前に現れるのだ。そして、選ばなかったことにもまた、意味がある、と人は悟るのである、と。
 登場人物である将軍も、映画の中でスピーチの形を借りて同様のことを語っている。このような人生についての哲学的考察が、バベットの料理を通して示されているところが素晴らしい。
 私たちも時には、人生において選んだものと、選ばなかったものについて思いを馳せたい。生きていくことは、苦痛をともなう選択の連続だ。しかし、選ばなかったものも与えられている。当初とは形を変えているかもしれないが。だから、いたずらに選択を怖がってはならないのだと、バベットが教えてくれる。
c_tk10-2 ところで、バベットが料理をしている姿が映画ではかなり時間を割いて描かれているが、本当に香りが画面を通して漂ってくるように感じられる。ウミガメのスープを丁寧に仕込むバベット。ブリニ(パンケーキ)のデミドフ風を盛り付ける手際の良さ。ウズラのパイケース包みのパイを焼くバベットは、グラスの縁と底を使って、まるで家庭の主婦のように工夫を凝らす。デザートのババ・オ・ロムのクグロフはこんがりと甘い香りが漂ってくるような気がするほど美味しそう。そして食後のリキュールは琥珀色に輝いている。
 料理がこれほどポエティックに映し出された映画があっただろうか。料理はまさに芸術だ。バベットの料理を味わった人々は、芸術作品を享受した人さながら、それまでとは違った生を生きることになる。これほどの料理体験をできるなら、してみたい。
 最後に俳優についても一言触れておこう。主演のステファヌ・オードランの演技は本当に素晴らしい。彼女の動作のひとつひとつに説得力がある。料理の手際も、相当修業したのではないかと思われる。この役は、最初、カトリーヌ・ドヌーヴにオファーされたそうだが、ステファヌのバベットで良かったのではないだろうか。
 そして、彼女の身に着けている何気ないワンピースやシンプルなエプロンが、とても役柄を引き立てている。動きにつれて、布地が美しいドレープを作るのだ。すごい、と思ってクレジットを目を凝らして観たら、デザインはカール・ラガーフェルドとあり、納得した。あのシャネルのメゾンを立て直した天才デザイナーだ。この2月19日に惜しくも亡くなったが『バベットの晩餐会』は彼が映画ファンに残してくれた贈り物だ。天国でも素敵なデザインをしてくださいね、カール!

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂