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「パラッツォ・アドリアーノ②」

「一緒に、コーヒーでもどう?」

この言葉。
世界を旅して、一番多く耳にした言葉かもしれない。

店先に客人が来たら、「How about coffee?」
楽しい出会いがあれば、「Cup of coffee with me?」
とりあえず、「コーヒーでもどう?」と誘う。

旅をすればするほど、
この言葉は私にとって、
飛び切り素晴らしいセンテンスに思えて仕方がなくなった。

「コーヒーを一緒に飲む」
という行為が、お互いの距離をぐっと近づけてくれる。
どの国の出身で、どんな旅をしていて、
これまでどこを訪れ、これからどこへ行くのか。
一期一会が多い旅先だからこそ、
1杯のコーヒーが持つ威力に、私はいつも感謝していた。

「まあまあ、お茶でもどうですか」
そう。
この言葉って、日本でもよく耳にするし、
とってもいい響き。
世界共通の、最高のセンテンスだと思うのだ。

でも、
当時、まだまだシャイだった私と夫は、
どこか受け身になっていることが多く、
「時間があればコーヒーでもどう?」と、自分たちから誘う勇気がなかった。

今なら違うのに。

時間を巻き戻したいと思う場面がたくさんあって、
今も心のどこかで、とても後悔している自分がいる。

で。
見て。
この笑顔。

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そう。
前回のコラムの続きである。

映画「ニューシネマ・パラダイス」の感動の涙は、
このチャーミングなおじいちゃんたちのお陰で、
どこかへすっかり消えてしまったけれど、
決して悪い気分ではなく、むしろ楽しすぎるイタリアの朝。

「一緒にコーヒーでもどうだい?」
と、
ふたりのおじいちゃんが、
村のバールに私たちを誘ってくれた。

で。
誘ってくれたバールがここ。

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イタリアだもの。もちろん、エスプレッソ。
そこに、お砂糖をタップリと入れて、クピッと飲み干す。

クピッ。
はい、終わり。
早い。
せっかく誘ってくれたけれど、
コーヒーはあっという間に空になってしまった。

でも、そんなことはどうでもよいのだ。
味わうとかなんて、ここではいらない。

一緒にコーヒータイムを過ごすことに、意味があるのだから。
そう。
そういうこと。

BGMも何もない簡素なバールのカウンターに、4人で立つ。
おじいちゃんたちは、永遠に何かを話しかけている。

その途切れることのないイタリア語は、
あまりのスピードで、もちろんチンプンカンプン。
ボーっと聞いていると、途中から音楽のように思えてきて、
気付けば、映画のBGMになっているではないか。

これぞ題して、
「ニューシネマ・パラダイス/ featuringおじいちゃん」。
私たちだけが体験できた、スペシャルBGMだね。

そんな彼らと過ごしたコーヒータイムと、
エスプレッソの苦い味は、一生忘れられない。
もちろん、
「ニューシネマ・パラダイス/featuring おじいちゃん」も忘れることはない。

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「帰りのバスは何時かい?」
「トイレは何度でも使っていいんだよ」

じゃあ、そろそろと言ってお別れしようとしたところ、
ひとりのおじいちゃんが、ペンと紙を取り出した。

手が震えて、字がうまく書けない。
そんなことを、おじいちゃんは気にしない。
何かを必死に書いている。

そして、こんなメモを渡してくれた。

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彼らの憩いの場所、例のサロンの住所だ。

「一緒に撮った写真をここへ送ってくれ」
と、何度も念を押すおじいちゃん。

字がヨロヨロしていて、よく読み取れないけれど、
サロンの名前さえ分かれば送れるし、きっと届くはず。

「もちろん!」
握手とハグで固い約束を交わす。

バールの支払いをしようとしたら、
「ここは俺たちが払うのが当たり前だよ」
「俺たちが誘ったんだから」
と、おじいちゃん。

カッコイイ。
こういう老人に、私もなりたい。

薄暗いバールからウンベルト広場へ出ると、
太陽が眩しすぎて、何も見えない。
というのは、嘘で、
まだたくさんのおじいちゃんたちが、待ってくれているのが見える。

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「じゃあ、またな」
「元気でな」
「絶対に写真を送ってくれよ!」
と、大袈裟すぎるお別れタイムが始まる。

まだここへ来てから、おじいちゃんとしか遊んでいないし、
村をまったく散策していないし、
1便しかない帰りのバスまで、時間はたっぷり余っているし。

と、まあ、
一瞬一瞬を精一杯に過ごし、泣いたり笑ったり、
感情豊かに「今」を楽しむところが、実にイタリア人らしい。
ちょっと大袈裟で、くすぐったくなるけれど、
この出会いは、私たちの生涯のタカラモノだ。

もう2度と会えないかもしれない。
いや、たぶん、会えないだろう。

熱いお別れのハグを交わし、
本来の目的から大きく逸れていることも含めて大満足の私たちは、
「遠くまでわざわざ来てみて、本当によかったね~」と、
ようやく、ようやく、
パラッツオ・アドリアーノ村を歩いてみることにした。

つづく。

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著者プロフィール

月刊連載『10年ぶりの、バックパッカー世界の旅』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身

伊藤志保さん コラムのバックナンバー:月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』(全24話)