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三十八杯目 僕の卒業式

仰げば尊し、和菓子の恩。
うさぎ美味し、かの山。

卒園式のあと、好きだった女の子と別れるのがつらくて、母の車でメソメソ泣いた。

「小学生になったらもっといい女の子にたくさん出会えるけん、泣くんじゃないの!」と、なんとも現実的なことを言われた。

母とよく通った、幼稚園の近くの花屋に寄って、卒園の挨拶をしてから帰宅した。

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小学校の卒業式では、胸に赤い花を付けていたので、先生とすれ違うたびに「おめでとう」と言われ、恥ずかしかった。

「お母さんも泣いた?」と聞いたら、「これから、お姉ちゃんが高校生。あなたが中学生。まだまだ頑張って働かんといかんのに、泣いてる場合じゃない」と、またもや現実的なことを言われた。

好きだった女の先生が、目を真っ赤にして、泣いていた。

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中学校の卒業式では、3年間ずっと好きだった女の子が読んだ「答辞」が忘れられない。

母も祖母も卒業した古い地元の中学なので、校歌斉唱では、保護者席からも歌声が聴こえてきた。

PTAの役員だった母は、「先生への挨拶まわりをさせられ、最後のホームルームに間に合わなかった」と、かなり腹を立てていた。(もちろん、学校に抗議していた)

とても可愛がってくれた教頭先生に、照れ臭くてちゃんと挨拶が出来なかったのが、心残りだ。

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高校の卒業式では、学ランのボタンが3つ無くなった。校内を歩いてると、その習慣を知らない校長に「だらしない格好をするな!まったく近頃の若者は」と叱られた。

一年前にやってきた新しい校長との初めての会話だった。そのやり取りを見ていた来賓に指摘されたらしく、あとで謝られたけど、「まったく近頃のおっさんは」と思っただけだった。

クラスメイトや部活の仲間ともっと話をしていたかったけど、母に「入院中のおばあちゃんに挨拶に行くよ。そのあとはお墓参り」と急き立てられ、学校を後にした。

担任が最後に言った「絶対に、僕より先に死んではいけません」という言葉が、印象的だった。

 

人はどんどん記憶が薄れていく。

すっかり「近頃のおっさん」になった僕は、一大イベントだったはずの卒業式でさえ、断片的にしか思い出せない。

人物や物の名前がとっさに出なくてゾッとすることもあるが、毎日新しい人の顔と名前を覚えているから仕方ないさと自分に言い訳をする。

トーストがオープンして来月で丸2年になる。1日10人としても、これまでに6000人ちかくのお客さんと毎晩話をしてきたことになる。

お店の光、窓の雪。
酒飲む月日、重ねつつ。

気づけば、春はすぐそこまで来ている。
良い二周年を迎えたいと思う。


著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスターのひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

BARトースト』のマスター
コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。