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月の本棚 三月 使者と果実

最近、繰り返し聴いている音楽がある。スペインのグラナドスによる「ゴイエスカス」というオペラの間奏曲で、チェロとピアノの二重奏だ。本がきっかけだった。『使者と果実』という小説で、その曲は三度登場する。

初めは1937年の満州、ハルビン。

「『わたくし、この曲がとても好きになりました』
最後の弱音が空気に溶けるように消えた後、しばらく膝に両手を置いてピアノの前に座っていた奈津は、前を向いたまま低くつぶやくような声で言った。
『僕も大好きな作品です』
僕は彼女の美しく伸びた背中に静かに答えた」

とびきりロマンチックで美しい物語が読みたいと思ったのだ。とびきりでなくてはいけない。中途半端だと恥ずかしくなって、本を放り出したくなってしまうから。

次にこの曲が登場するのは、2003年、ブエノスアイレス。

前出の「僕」、タダシは96歳になっていて、レストランでチェロを演奏して暮らしている。タダシ老人は仕事先のレストランのバーカウンターで、この小説の主人公である悠一に、奈津との物語を語る。遠くを見るような目に、穏やかな微笑を浮かべながら。悠一の知らない時代。それは不義の恋と国禁の犯罪の物語だった。

タダシには時価500万米ドルするチェロの名器「ドメニコ・モンタニャーナ」をナチスドイツに極秘裏に寄贈する使者の任務があった。それを遂行せずに売却し、老舗酒造の社長夫人であった奈津と、第二次世界大戦直前、中立国で南米のパリと呼ばれたブエノスアイレスへ逃亡したというのだった。
最後にタダシ老人は悠一と身の回りの世話をするペネロペの前で、その曲を奏でる。

「遠いものを呼び戻し、手元に引き寄せ、愛おしむ。そんな追想の旋律がゆっくりと紡ぎだされていった。喜びと悲哀が渾然となった不思議な旋律だった。
老人は空気のようにチェロに寄り添い、力みが一切ない姿勢で弓を動かしていた。だが、そのチェロから放たれる音は枯淡とは程遠かった。——————音楽は高揚から静穏へゆったり坂を下り、空気に溶け込んで消えていくような弱音で終わった。喜びの記憶と透明な悲哀の感触が残った。しばらく月の光の中にいるような静寂が三人を包んだ」

翌年、亡くなったタダシ老人の遺品整理を任された悠一は、二つの真実を知る(それは語らないでおく)。時代に翻弄される登場人物が、タダシの友人も少佐も奈津も奈津の夫も皆、善いひとばかりなのが切ない。

三回目の演奏は2006年のロンドン。幻のドメニコ・モンタニャーナを貸与されたクロアチア出身のイザベルによる演奏だ。一番好きな曲だという。作曲したグラナドスはアメリカでの演奏会を終えて帰国する船に魚雷攻撃を受け、命を落とした。イザベルも機銃掃射の跡が生々しく残る祖国に帰れない。タダシ老人も奈津もまた、帰ることはできなかったのだ。

弦楽器工房の店主が語る、印象的なシーンがある。美しい楽器やひとと過ごす時間の輝きは一時の預かりもので、人間が消滅しても別の場所で輝き続けているのだと。音楽や言葉はその輝きを宿し、また別の場所、別の時代へと運ぶことができるのだ。

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『使者と果実』梶村啓二著 (日本経済新聞出版社 2013)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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