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4月 黒糖

 奄美大島の北部、特に笠利地区は平らな土地が多いので、サトウキビ畑があちこちに点在する。つい先日、その笠利地区を車で走る機会があった。道路にときどき小枝が落ちている。強風が吹き荒れているわけでもないのに、どういうことなのだろうと不思議に思っていたら、前方の路肩に停車したトラックがちょっとした荷崩れを直していた。荷台に山のように積まれていたのは、短く切りそろえられた小枝だ。「あれは何?」と尋ねる。同乗者が「収穫したサトウキビを製糖工場に届ける途中じゃないですかね」と言った。道路に落ちていたのは小枝ではなく、サトウキビだったのだ。サトウキビの収穫は12月くらいに始まり、4月の初旬まで続くらしい。
 泊まっていたホテルから島の北部へ行く途中に小さな製糖工場がある。いや、工場というほどの規模ではなく、作業場があって、その隣で黒砂糖を売っているという、おそらく個人経営の店だ。毎日のようにその店の前を通る。作業場の前にサトウキビが積まれている。道端に落ちていた小枝のような長さではなく、切り揃える前のものなのだろう。ケーン・ハーベスターという機械で刈り取ったのではなく、手作業で収穫したものだと誰にでもわかるように、そこに置かれているのかもしれない。
 たまたま午前中にその店の前を通ったら、作業場から大量の湯気が立ち昇っていた。サトウキビの絞り汁を煮詰めているようだ。奄美のおみやげに黒砂糖を買おうと思っていたので、車を停めてもらい、しばらくの間その作業を勝手に見学してから店の中に入った。作業を盗み見している様子を知ってか知らずか、サトウキビを煮詰めるのはいつも朝で、できあがったばかりの黒砂糖もありますよとお店の人が言った。「収穫したばかりのサトウキビを使っているのですか?」と質問してみたら、やはりそうだった。ということは米で言えば新米、酒で言えば新酒ではないか。いままで黒砂糖に旬があるなんて想像してみたこともなかったし、それを旬と呼んでいいのかどうかさえわからないけれども、訊けばやはり6月くらいになるとキビ汁の甘みが下がるらしい。迷うことなく、いま出来上がったばかりという黒糖を買うことにした。「これをください」と袋を掴むと、心なしかまだ温かいような気もしてくる。お店の人も「まだ袋の口を閉められないので、このままでお渡します。明日の朝まで閉めないでくださいね」と言った。
 ホテルに戻ってテーブルの上に黒糖の袋を置いたら、部屋全体があのお店と同じ匂いに包まれる。夜ごはんは、絶対に黒糖焼酎をたくさん取り揃えている店にしようと心に決めた。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月2日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。