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「パラッツォ・アドリアーノ 最終章」

小さな村の石畳。
静かな田舎の風景。
どこまでも青い空と乾いた空気。
それ以外は、何もない。

イタリア・シチリア島の小さな村。
パラッツォ・アドリアーノの風景。

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細い坂道を登り、村を見渡す。
ふー。
何にもなくて、そこがいいなあ。

やがて、裏道に回り、坂を降りていこうとしたところ、
小さな民家から、
なんと、
たったさっき、
涙ながらにお別れをした、おじいちゃんが出てきた。

え。

え。

また、会った。

このオチ、なに?

どうやらこの裏道に面した民家が、おじいちゃんの自宅。
今度は奥さんと一緒だ。

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お目目パチクリしながら、
戸惑っている私のことなどお構いなしに、
「さっき、ニワトリがタマゴを産んだんだ」
「これを今すぐに食べれば、赤ちゃんに恵まれるから」
と、
産みたてのタマゴをプレゼントしてくれた。

「ほら。早く。チュルって飲みなさい」

え。

え。

ここで。

生タマゴを飲む?
このタマゴ、まだ、温かいぞ。

困ったぞ。困ったぞ。
難しすぎるリクエストだぞ。

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そっか。
わかった。

あのバールでエスプレッソを飲みながら、
私たちに子供がいないという話を、
おじいちゃんは、随分と悲しがっていた。
そっか。そっか。
おじいちゃんの優しさにキュンとする。

「ありがとう。あとで食べるね」
とお礼を伝える私に、ややかぶり気味に、
「じゃあ、またな」
今度は、随分あっさりとバイバイのおじいちゃん。

「え、もうバイバイなの?」
振り向くと、もう誰もいない。

もう2度と会えないだろうと、
感無量でお別れしたおじいちゃんと、
数分後には再会してしまい、
今度は、たちまち自宅へ消えて行った。

もしや、まぼろし?
いや、産みたてのタマゴは私の手の中にある。

ということで、
おじいちゃんちのニワトリが産んだ、
まだ温かいタマゴを持ったまま、
村の散策を続けることにした。

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お昼近くになり、お腹が空いても、
目立った食堂もないので、
今朝、おじいちゃんたちに、
エスプレッソをご馳走してもらったバールに戻り、
帰りのバスが来るのを待つ。

午前9時に到着して、午後1時のバスで帰る。
滞在時間は、わずか4時間。
だけれど、随分と長く滞在したような気分に浸る。

シエスタの時間が近いせいか、
村はさらに静まり返り、人っ子ひとりいない。

私は、このシエスタタイムの静寂が好きだ。
イタリアでもスペインでも、田舎に行くといつも思う。
夏の乾いた太陽と、
どこかの家から聞こえてくるテレビの音。
時間だけがゆっくりと流れる昼下がり。

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ここ、パラッツォ・アドリアーノ村は、
すこぶる美しい田舎だ。

大きな施設もないし、レストランもない。
住民も少ないし、平日の昼間は老人ばかり。
埃っぽくて、太陽が近くて、静かだ。
若者はみんな都会へ出ていく。
どこの田舎でも見かける光景だ。

おそらく、「ニューシネマ・パラダイス」がなかったら、
私たちもこの村には来ていないだろう。
あのおじいちゃんたちと出会っていなければ、
ただの美しい田舎の村という印象で、
きっと終わってしまっていただろう。

そう思えるような、最終章がこの話には残っていた。

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夫は帰国後、
図書館でイタリア語の辞書を借りて、
あのおじいちゃんに、手紙を書いた。
あの日、一緒に撮った写真を現像し、同封して、
その手紙を投函した。
彼との約束を守ったのだ。

訪れた時期から、随分と時間も経っていたし、
住所もアバウトだったので、
あのサロンまで届いたのかどうかも不安だった。

それが、なんと。
4~5ヶ月ほど経ったある日、
小さな封筒に入った手紙が来たのだ。

「写真ありがとう。
パラッツォ・アドリアーノにまた来てほしい。
来るときは連絡してくれよ」

ヨロヨロ文字の、あのおじいちゃんからの手紙だ。

そう。
返事が来たのだ。
これには正直、驚いた。

こちらの手紙が無事に届いていたとしても、
お礼の手紙が来るところまでは、想像していなかった。

人のキモチって素晴らしい。
お互い名前も知らないし、詳しいことは何も知らない。
だけど、人のキモチって時に奇跡を起こすんだ。

今も元気かな。
会いに行きたいな。
そして、もう一度、
あの暗いバールで、エスプレッソを一緒に飲みたいよ。
10年経った今でも、
彼らの顔を思い出しては、そう思う。

こうして、
映画「ニューシネマ・パラダイス」は、
あの旅のおかげで、私たちだけの続編ができあがった。

数枚の写真と、温かいおじいちゃんとの時間。
コーヒーの香りと、
おじいちゃんのヨロヨロのメモの文字。

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この10年間で、何でも便利になってしまったけれど、
奇跡とも思える、おじいちゃんとの手紙のやり取りを思うと、
やはり、手紙って素晴らしいって思う。

その字体から、その人の顔が浮かび上がり、
「ああ、あの人からの手紙だ」と実感できる。

切手を貼って、宛名を書いて、ポストに入れる。
その作業ひとつひとつが不便だからこそ、
宛先人への深い想いを馳せることができる。

何でもメールで、
簡単にやり取りができてしまう時代だからこそ、
直筆の手紙の重み、温かみを教えてくれた、
パラッツォ・アドリアーノのおじいちゃんに、
私は、心から感謝している。

あ。
あの生タマゴが、その後どうなったのかは、
ご想像におまかせしておくことに。

さて、
次回はどこの国のどの街にしようか。

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著者プロフィール

月刊連載『10年ぶりの、バックパッカー世界の旅』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身

伊藤志保さん コラムのバックナンバー:月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』(全24話)