bn_shirotsuki

理由がないのが、理由。

或る日、店に悩める作家がやって来た。

私の店[好事家 白月]はとても小さいうえ、無名。すなわち、非インフルエンサーでありパワーがないってこと。
しかも成功者じゃないし、参考になることを話せるとは思えない。
でも、半世紀近くを生きた年齢になったためか何となく相談されることが多いので、何もできないが話だけは聞いている。

彼女がはまりこんだ迷路は、[経費オーバー・デス・ロード]。
作りたいものを作ると高額になりすぎる。かといって、質を落としたくもない。多分、今は高額商品が売れれば売れるほど、逆に赤字がかさんでいく状況だろう。
だから彼女の「一般的に見たらちょっと高いな」という作品を購入している人たちは、実際は割安でありラッキーだ。
私の世界の専門外なので、あくまで一案を提示したが、想像するとそれは素敵な作品になりそうだったから、「私なら買う。だから一つ作ってみて」と話しすと、「ちょっと心が軽くなった」と彼女が笑ったので少しほっとした。
でもきっと、彼女の試作ができると私の財布は軽くなるんだろうな。

そして春だからか(違うか)、お悩みは続いた。
別の作家のアトリエを訪ねたときも、その人は[理由恐怖症]にかかっていた。
私が好みだと手にとった作品を見て、「本当にそれがお好きですか?」と不安そう。
実はその作品は、長年彼女の手元にあり、一度も売れたことがないそう。
でも、彼女のお気に入りであり、私もそれに一番心惹かれた。
ガラスなのだけれど、つるりとした質感の中にザラッとした手触りがあり、滲んだように広がる海の底のような群青。
「これは何って聞かれるんですけれど、説明できないものばかり作っているから困ってしまう。小さな穴を開けたものも、花瓶というわけじゃないんです。穴は私にとって造形の一つで、目的があるわけじゃないんですよね」。

その気持ちはよく分かる気がする。
私が選ぶものも、「一体それは何?」と言われがち。特に古道具のたぐいは、大半が壊れているし何のパーツかもわからないものがほとんど。
でもそれが「あ、ここに置こう」とか「あれと組み合わせればピッタリ!」と、自分の中での大正解が出た時、ミラクルヒット(あくまで当社比)
彼女の作品もそれと同じ匂いがした。
この作家さんは器のたぐいを作っていないが、その後に会いに行った陶芸家も同じくだった。
早い話が、どれも実用性ゼロ。
そして彼らは共通して、「どう使うものですか?ってほぼ全員に聞かれる」というものを作り続けることを止めたくはないが、そのままでいいのかというジレンマも抱えている。

人は理由や目的、ゴールを求めるし、「イイね!」と評価も欲しくなる。
それは自然な心理だろう。
でもそのすべてを他人や社会に委ねてしまうと、人生は息苦しくなる。
自分による、自分のための、自分だけの理由や目的も必要だ。
私の店も多くの人がやって来て、バンバン売れて、作家たちからも取り扱いを快諾される人気店になるのが理想だけれど、でもそれはゴールでも目的でもなく、単なる結果であるべきだと思う。
じゃあ私が店をやる理由はといえば、じっくり考えてみたことがなかったが(おいおい)、しいていえば自分の好奇心を満たしてワクワクしたいから。

何かしら選択に迫られたら、理由は分からなくとも何かワクワクする方を選ぶ。
もしくは、未知な方を選ぶ。
東京大学入学式の祝辞をのべた上野千鶴子氏じゃないが、「がんばっても報われないこと」はたくさんある。
がんばって店を持とうと努力している人に失礼極まりないが、私は努力して店を持ったわけじゃない。
単に私を取り巻く環境と人々が、チャンスをくれたからに過ぎない。
祝辞には「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を助けるために使ってください」とある(若干要約)
私には悲しいかな恵まれた能力はないが、恵まれた環境がある。
だから、少しはそれをチャンスに恵まれない作り手と共有できれば面白いんじゃないか?

そんなことをぼんやりと思っていたら、私の店はもうすぐ1周年を迎える。
だから、そろそろ未知の方向へ舵を切ろうと思う。

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「何か作るんですか?」と聞かれるけれど、いや、まったく。
ただ、眺めてはしまい込むのみの藍染の布たち。いつか、何かに。それがいつなのかは神のみぞ知る。

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「石を見ると」とか「錆びた缶を見ると」思い出すのが私って、人によく笑われるけれど、確かに事務所の中にも石ころがあちこちにあるし、なぜか集まってくる。


著者プロフィール
月刊連載『或る日。』毎月20日公開
prof_shirotsuki内藤 恭子
ライター・編集などの仕事をしながら、不定期にオープンする<好事家 白月>を主宰。
https://www.instagram.com/shirotsuki_kyoto/