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5月 ホワイトアスパラガス

 ぼくは北海道の夕張市で生まれ育った。自分の成長とともに石炭産業が寂れていき、いつの間にか夕張と言えばメロンということになっていった。でも、実は子供の頃はメロンにほとんど関心が持てなかった。ホワイトアスパラガスの缶詰も夕張の特産品だったと記憶している。もちろん生で食べたことなどなかった時代だ。グリーンアスパラガスはバター炒めにして、そしてホワイトアスパラガスは缶詰から出してマヨネーズをつけて食べていた。いまは季節になるといろいろなレストランで、茹でたてのホワイトアスパラガスのオランデーズソースなんてものを注文しては相好を崩している。1日でも早く初物のホワイトアスパラガスを食べたくて、この季節になるとソワソワしてくる。
 ところで、いま食べている茹でたものと、子供の頃に食べていた缶詰と、どういうふうに味が違っているかをまるで説明できない。それは長らく缶詰を食べていないからだ。大学生になってすぐの頃は、ときどき母から食料品が送られてきた。自炊などしないことを知っているから、送られてくるのはだいたいインスタント食品や保存食で、ホワイトアスパラガスの水煮缶詰と花豆や虎豆の甘煮缶詰が、いつもセットになって箱に詰められていた。他のブランドのものよりも絶対にこれが美味しいと、母は口癖のように言う。ただ、そういう母だから他のブランドの缶詰を買うことはなく、つまりぼくはその味しか知らないのだ。きっと母の好物だったのだろうと想像する。高校生の時など、ときどき弁当のおかずにまで入っていたから、ぼくにとっては好物というよりも、当たり前にいつもある食べ物だった。
 ところがある時期から、母が送ってくれる小包からホワイトアスパラの缶詰が消えてしまった。帰省した時に、最近はアスパラが入っていないと不満を漏らしたら、なんだかどこに行っても見つからないのだと答えていた。そのうちに、アスパラの缶詰が食べたいというぼくの思いもだんだん薄れていった。
 今年も札幌と東京のレストランで立て続けにホワイトアスパラガスを食べたのだが、食べながらふいに子供の頃は缶詰のアスパラにマヨネーズが当たり前だったことを思い出し、なんだかとても懐かしくなった。それで「ホワイトアスパラガス水煮缶詰」で検索してみたら昔食べていた製品はひっかからないし、その会社の名前で検索しても煮豆の缶詰ばかりがヒットする。どうやらもう生産を打ち切ってしまったようだった。それがいま食べているフランスから輸入した生のホワイトアスパラガスよりも格段に美味しかったとはとても思えないし、わざわざ比較してみるまでもないことなのだが、いま無性に食べたくて仕方がない。味の記憶というのは、どこかで美化されているに決まっている。だからこそ厄介なものなのだ。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月2日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。