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「イースター島・後編」

確かに、
グアムやサイパンのように、
日本のすぐ近くにあって、
すぐに行けちゃう島だったら、
あんな気持ちには、ならなかっただろう。

どの国からも遠くて、
どこからもすぐに行けない場所、イースター島。

さて。

前回コラムの続きを書こうと思う。

夫のガラケーの待ち受け画面は、
この10年間、
変わることなく、この画像だ。

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モアイ像って、
ある一定のイメージがあると思うのだけれど、
そして、
私たちも、ある一定のイメージを持ったまま、
イースター島に入ったわけだけれど、
そんな既成概念は、すぐさま壊されることになる。

まず、
島全体にいるモアイ像は900体を超える。
そんなに多いと思っていなかった。

そして、
メディアなどで目にする、
きれいに整列しているモアイ像は、
そのほとんどが、わりと最近、
誰かの手を借りて立たせてもらったモアイたち。

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従来のモアイ像は、こんなにきれいには立っていない。

こんな風に寝っ転がっちゃったり、
土に埋まっちゃって顔だけ出していたり、
頭が取れちゃってたり、
よろけちゃったりしている。

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900体なら900体が、
それぞれ大きさも形も違っていて、
大きい像は全長20メートル、
重さ90トンに及ぶものもあったりして、
それが島全体に、
てんでバラバラに、存在している。

それが分かってからが楽しくて、
島のレンタカーを借り、
いろんなモアイ像を見て周ることにした。

イースター島には、スコールが付きもので、
大きなスコールの後は、必ず道が道じゃなくなって、
あちこちに大きな水溜まりができ、
その深さは計り知れない。

そんな恐怖の水溜まり越えの度、
キャーキャー叫びながら進んでいけば、
「騒がしいなあ、静かにしてよ」
と、言わんばかりのノンキな馬たち。
我々の行く手は、ことごとく阻まれる。

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人間と車と馬。
それらがゴチャゴチャ揉めているところに、
「キミたち、何をやっているんだい?」
と、
何か大きな視線を感じる。

そう。
視線の主は、大きなモアイ像。
静かにこっちを見ている。

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かなわない。

イースター島って、
本当にかなわない。
自分が、とってもちっぽけに思えてくる。

モアイ像は、この大きな石切り場から誕生し、
なんらかの方法で、島のあちこちへ運ばれた。

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石切り場には、モアイ像になり切れず、
作業の途中で止まっているモアイもいる。

確かにこの場所で、モアイたちが作られていたんだ、
と、認識はできるのだけれど、
謎が多すぎて、心はこの風景に奪われたきり戻ってこない。

場所を移動して、
更に多くのモアイたちと触れ合ううちに、
彼らが愛おしくて仕方がなくなってくる。

諸説あるものの、
彼らがこの島で作られ、動かされ、この場所に置かれ、
長い時間、ずーっと、じーっとしているのは確かだ。

いったい、どのくらいの時間が経ったのだろう。
その時間たるや、恐ろしく長いのに、
身動きひとつせずに、じーっとしている。

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彼らは、何も言わない。
でも、それぞれが何かを語りたそうにしている。
ひとつひとつのモアイ像と、
朝まで語り合いたいキモチになる。

きっと、何か言いたいことがあるはず。
それを、聞かせてほしくてたまらない。

あ。

そうそう。

こんな風に目があるモアイもいる。

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この像の目は、
復元された際に、はめ込まれたレプリカなんだけれど、
かつては、このように、
目がはめ込まれていたモアイも、わずかにいたらしい。

材質は、サンゴ質の石灰岩で、
常時装着ではなく、
儀式の時だけ、はめ込まれたりしていたらしい。

付けたり、はずしたり。
なんだか、コンタクトレンズっぽいぞ。

知らなかったなあ。

そう。

実際に訪れないと分からないことって、
旅先には、いっぱい転がっている。

私自身、イースター島のモアイについても、
全員身長が揃っていて、
全員立っていて、
全員同じ格好をしているんだろうな、
と、勝手なイメージを作り上げていた。

 
「外側から見てしまう」

 
これって、日頃からやってしまいがちだ。

そもそも、住民たちの言葉では、
この島の名前は、イースター島ではなくて、
「ラパ・ヌイ」という。

「ラパ・ヌイ」なんて聞いたこともなかった。
と、思うのと同時に、
この美しい本来の名前を知ろうともせずに、
「外側から見ていた」自分を恥じる。

旅って、結局、
こういうことなんだよなあ。

実際に訪れて、
内側から体験しなくちゃ何も楽しくない。

現地の人々や暮らしの中に身を置いて、
自らの心と身体で「ナマの体験」をすること。

勝手に外側から持ってしまっていたイメージを、
思い切りブチ壊してもらって、
見たまま、感じたままを持ち帰る。

どんなことも、
真実を知らずに決めつけてしまう事ほど、
残念なことはないと思う。

この地球の上には、知らないことがテンコ盛り。
なのに、一部の情報や数日の滞在で、
「あの国はご飯がまずいから」
とか、
「あの国の人は冷たいから」
とか、
素晴らしい国々や人々のことを、
外側から決めつけてしまっては、残念すぎる。

それはやがて、
よく知らないくせに、
外野でボヤいているだけの、
ちっぽけな自分に全部還ってくる気がするのだ。

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イースター島が、かなわないって感じたのは、
そんな「旅の原点」みたいなことを、
痛烈に教えてくれた場所だからなのかもしれない。

この島のありのままを受け入れ、
人々の暮らしを感じ取り、
内側からこの島を体験し、
この小さな島のお陰で、
私たちは、ほんの少しだけ、
大人になることができた。

旅は人を成長させるって、
よく聞く言葉だけれど、
ホント、イースター島には心から感謝している。

あ。
もとい。

ホント、ラパ・ヌイには心から感謝している。

さて、次はどの国のどの場所にしようか。

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著者プロフィール

月刊連載『10年ぶりの、バックパッカー世界の旅』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身

伊藤志保さん コラムのバックナンバー:月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』(全24話)