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月の本棚 六月 彼女たちの場合は

今、わたしはアメリカの地図を眺めている。
ニューヨークからボストン、ポートランド、マンチェスター、ナッシュビル、セントルイス―――中西部を抜けてサンタフェまで横断し、シカゴ経由で再びニューヨークに戻る。そんな旅をするのは17歳の逸佳(いつか)と14歳の従妹の礼那(れいな)だ。

逸佳は日本の高校をドロップアウトして、アメリカに駐在する親戚の家に居候している。恋愛も化粧もLINEも写真もロックコンサートも「ノー」。自分が何をどうしたいのかわからない、そんな彼女が唯一「イエス」なのが旅すなわち「見る」という行為だった。

「これは家出ではないので心配しないでね」という置き手紙をして、逸佳と一緒に行き先を告げない旅に出る礼那は、無邪気でアメリカ的な女の子だ。嬉しい気分が高まると、「チーク!」と叫んで従姉の頬に頬をつける。思ったことを言葉にして伝えることができるし、素直に世界を信じている。

信じるのは、子供だけの特権だろうか。日本にいる逸佳の両親は「かわいい子には旅をさせよ」と考えるタイプで、心配はするものの娘を信じ、どちらかというと面白がっている。礼那の母親も、起きてしまったことは仕方がないと諦め、居場所を知らせずに、時折ハガキや電話を寄越す娘たちに対し、「もっと遠くへ行きなさい」とひそかに思うようにすらなる。信じることができず、事態を受け入れられないのは、礼那の父親だ。親としてノーマルな反応かもしれないが、彼だけが囚われていて、苛立ちを募らせる。

ときにヒッチハイク、ときにグレイハウンド(バス)で移動するうち、二人は危険な目にも会う。クレジットカードを止められたことで、不法就労することになったり、そのために逃避を余儀なくされる事態に陥ったり。でも、「チーク!」したくなるような、いいこともたくさんある。

さまざまな出会いの中でも印象的なのは、バスで編み物をしていた32歳のゲイ、クリスとの出会いだ。彼は愛想笑いをしない。感情を込めない口調でゆっくり話す。逸佳との間には、言葉以外に通じあえる何かがある。

「自分には相手のことがわかるし、相手にも自分がわかられてしまうというあの不思議でなつかしい感じ、安心で十全で、余分なものの一つもない感じ」

それは同世代の女の子たちが話題にする、ドキドキすること(恋)とは異なっていたが、逸佳はクリスと出会った後で、自分が不完全になってしまったと感じる。彼のところに置いてきてしまった自分の欠片がないと、自分が自分でいられなくて困る。それはとても恋に似ているのだった。

わたしは、著者の江國さんが恋を書くときに選ぶ、上質な言葉が好きだ。でもその恋はいつも、言葉ではない、空気のような何かを介すのだ。

やがて旅の終わりのバスターミナルの場面で、彼女たちは同じ考えを確認し合う。何度でもここに戻って、ここからまた外の世界に出られるということを。

旅はいつだって始められるのだ、とわたしも思う。今いるこの世界の何ものにも囚われなくていいと信じられること。それはなんて自由で、力の湧いてくることなのだろう。

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『彼女たちの場合は』(江國香織著 集英社 2019)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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