bn_shirotsuki

そしてまた、突然に。

或る日、突然始まった私のショップ。

そしてこれまた突然、始まりの場所から旅立つことになった。
今、最後の展覧会中だが6月30日で一旦営業を終了し、店のあるkeiokairaiビルから退店する。
「閉店ですか?」
「いえ、移転予定です」
「じゃあ、引越し先は?」
「それがまだ、未定でして」
「ええ?」
…という会話を、店に来てくださったお客さんたちと何度交わしたことか。
そりゃそうだよね、移転先未定の引っ越しって意味が分からない。
でもとりあえず、keiokairaiのメンバーの今後の活動のためにも、私が占領していた間借り部屋をお返しすることにしたのだ。

思えば、私の人生はあれこれが突然。
「直感を頼りに」というと耳障り良いが、無計画に思えることも多い。
人生スタイルにはいろいろある。
がむしゃらに自分が信じた道を己で切り開くという選択もあれば、たゆたゆが如く流れに身を任せるのもあり。
何が正解かといえば、ない(と思う)
私の場合は、後者に近い。というか社会人になってから、近くなった。
もとは、好き嫌いが明確で、白黒パッキリのオセロみたいな性格と言われてきたのだけれど、だからって悩まないなんてことはない(むしろ、くよくよすることだって多い)
特に、何かを判断するってことは、結構パワーがいる。
社会へ出て何かを選択するというシュチュエーションが多発するようになり、しかもそれは瞬時の判断が求められることも。
こうなると、いかに自分の世界と物差しが小さいかを思い知らされ、キャパオーバーを起こし、フリーズ&シャットダウン状態に陥ることに。
それでも判断は求められるがゆえに、「えぇい、こっち!」と無理やり選び取る。
その根拠はといえば「何かいい感じがする方」なのだが、あとで振り返ると、「簡単な方、楽な方」ではなく、むしろ逆なことも多々。
「いい感じ」と「イージー」は聞こえは似ているのに、どうやら似て非なるものらしい。
残念。

でも「何かいい感じのする方」というのは、縁がある気配がするものだ。
「袖振り合うも多生の縁」というけれど、まさにそんな感じ。
だから、「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」じゃなく、縁のある方へと歩き続けてきたし、これからもそうすると思う。
なので、たった1年ではあったけれども、ご縁が出来た作家さんやお客さんとの繋がりは感謝しかないし、大切にしたいと思っている。
引越し先はご縁がどこかにつながるまで定まらないが、とりあえずはネットでオンラインショップを立ち上げることとなった。
とはいえ、カートがあって買い物をするというスタイルではない。
あくまで、ご縁のあったものを伝えるために、問い合わせ方式。
これまた、簡単な方へとはいかなかったが、うちらしい方へと言えると思う。
どうなるかよくわからないけれども、新たなトライにちょっとソワソワしている。

そういえば、聞くところによると、ご縁には有効期限があるそうだ。
それは長い場合もあれば、短いことも。
どちらが良い悪いではなく、そういうものであり、ご縁を結びつける杭を人はいくつか持っていて、そこに新たなご縁をくくりつけようとすると、どれか解かなくてはならない。
「杭を増やせばいい」と思うけれど、そうはいかないそうだ(誰が決めたか知らないが)
満期が来たご縁が解けていくことを悲しんだり、執着したりする必要はない、という。

確かに、自分の行いが災いして関係をぶち壊し、縁が切れることもある。
だから途切れた関係に、「私が悪かったのか? 何がだめだった?」と自問自答することもあるし、自分が悪ければ反省して次に活かせば良い。
思い当たらないのなら、必要以上に落ち込んだり、自責の念にさいなまれる必要もない。

意外と物事は突然始まるように思えるけれども、実はそれは必然で、自分でも気づかぬうちにどこかで静かに物語は始まっているのだと思う。
そう思えれば、世界はちょっと違って見えるはず。

次はどんな場所で、どんな出会いがあるのか、その時と縁を待ちながら、残り半分の店のオープン日を楽しむつもりだ。
もしかしたら、私の知らないところに、私の身の丈に合った場所はどこかにあるのかもしれない。
ご存知の方はご一報くださいませ。

c_aruhi13
足を運んでくださった稀有な方々に、手紙のようなメッセージをお渡ししながら、いよいよだなあと思う日々。


著者プロフィール
月刊連載『或る日。』毎月20日公開
prof_shirotsuki内藤 恭子
ライター・編集などの仕事をしながら、不定期にオープンする<好事家 白月>を主宰。
https://www.instagram.com/shirotsuki_kyoto/