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月の本棚 七月 食べたくなる本

80年代、わたしは図書館に通い、料理の本を一生分読んだ、と思った。自分のキッチンを持ったときにはもう、何かを見ながらつくることをほとんどしなくなった。たまに美しい料理本を見ると、手にとって眺めるということはあっても。

記憶にあるのは(本というよりMOOKだが)、中央公論社の暮らしの設計シリーズ『家庭で作れる洋菓子 プロの味』だ。洋菓子という言葉は、フランスパンのように、いまではちょっとレトロな響きがあるけれど、「コンヴェルサシオン」という名のお菓子を知ったのは確かあの本だったし、フロインドリーブの「ボベス」やバビントンティールームのビスケット、名前は覚えていないけれど複雑な構造の濃厚なチョコレートケーキを、つくったのだった。そこには「お店みたいな味」をつくる、ときめきがあった。料理でなくお菓子だったのは、母の仕切るキッチンでわたしはスーシェフだったからだ。

そんな母は『きょうの料理』を愛読していた。辰巳浜子のいう栄養、経済、美味、衛生に気を配った昭和の家庭料理。数多の料理本を紹介している『食べたくなる本』を読むと、そんな記憶がとりとめもなく流れ出てくる。

著者の三浦さんは料理本に真摯に向き合う。読み込む。実践する。

「自分がふだん『おいしい』とか『おいしくない』という場合のその基準など、この世界に存在する無数の基準のなかのほんの一つにすぎないということに気づかされる。そのことを貴重だと思う」

専門家や美食家のような確固とした基準は持たないが、伝統や習慣には囚われている。そこから自分を解放するきっかけとしての、料理本だ。

サンドイッチの話をしよう。

三浦さんはサンドイッチの発明、味わいの感動、定番の定番たる所以などを数冊の本とともに紹介している。「サンドイッチ考」の章を通し、わたしもサンドイッチを再考する。

「同じ重さのカバンでも、取っ手の材質が変わると、重さの感じが激変するということがある———触れる部分の材質を変えることで生じる、実在する訳ではないこの感覚上の『軽さ』には、サンドイッチのもたらす楽しさと通じるものがある」

別々に食べる場合と、挟んで食べる場合の相違と驚き。サンドイッチの定番にはこの感覚があるのだ。「だから私たちはサンドイッチを食べ飽きるということがない。言うなれば、それはずっと新しいままだ」。

そして定番は、時代の流れとともに、少しずつ変化する。

「引き算の料理」の章で、細川亜衣を読んでみたいと思った。蒸したカリフラワーにオリーブオイル。そのごくシンプルな料理をつくって食べてみたい。

「引き算の料理」は何から引いているかといえば、かつて高度経済成長期、重層的に味を足して手をかけることが推奨されていた、主婦の料理からだと三浦さんはいう。カリフラワーのピュレを「へぇ、これはこれでおいしいね」とわたしの母も言ったかもしれない。

本のレビューのレビューを書いてしまった。でも、三浦さんはわたしに思い出させてくれた。食べてみたいものを、本に忠実に家でつくってみるときの、あの高揚感を。本棚は冷蔵庫に似ている。そして、わたしは三浦さんの冷蔵庫と本棚を両方、見せていただいたような、そんな気分になっている。

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『食べたくなる本』三浦哲哉著 (みすず書房 2019)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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