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8月 バインミー

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 おそらくバインミーには旬がないと思う。でも、ぼくが言うバインミーは〈レフェクトワール〉のもののことで、それだと夏の間しか売っていないから、やはりこの季節の食べ物なのである。
 バインミーをはじめて食べたのは、たしかサンフランシスコのヴェトナム料理店だった。その時は特に強い印象を持たなかったが、それから何年かして高田馬場にテイクアウト専門のバインミー屋ができたことで、しばしば買いにいき、好物のひとつとなった。そこでいつも頼んでいたのは、レバーパテを挟んだもの。パクチーは追加料金を払って大盛りにしてもらう。
 バインミーはフランス植民地だった時代の文化が色濃く残る食べ物なのだと思う。パンはいわゆるバゲットなのだが、それはフランスのバゲットとかなり違う。皮はパリッとしているけれども、薄くて丸かじりしても前歯の心配をしなくてもいい。それにたぶん、小麦粉だけでなく米粉を使っているのだろう。だからバゲット独特の中がスカスカな感じは少ない。いまはフランスの本格的なものにひけを取らないバゲットが、町のパン屋でも手に入るけれど、昔、そういう近所の店で売っていた、バゲットではなく「フランスパン」に近いと言ったらいいだろうか。
〈レフェクトワール〉のバインミーは、ヴェトナム人が異文化と接して自分たちの受け入れやすいものに変えたものを、更にまた再解釈して、フランス人が考えたバインミーみたいな食べ物となっているところが、とても面白い。
 パンはバゲットだから、バインミーよりは相当に皮が厚く噛みちぎるのはが容易ではない。ぼくは前歯が差し歯なので、抜けたり破損したりが怖くて、いつも手でちぎって食べる。レバーパテではなく茹でエビ、そしてなますの代わりにキャロットラペが挟んである。キャロットラペやソースからはニョクマムの香りはほとんど感じられない。たまにクミンの味や香りがする。ヴェトナム人が考えたフランスふうのサンドイッチが、先祖返りをしたのではなく、故郷に戻り、故郷にある異文化も込みでハイブリッド化したような、同じようでいて微妙に違うこの店のバインミーはなかなかに興味深いし、何よりも美味しい。
 ちなみに、日本的なフルーツ・サンドイッチを〈レフェクトワール〉が始めた時は、日本のそれには絶対にない、大胆さと粗野な感じ(つまりインスタ映えする美しい断面的な繊細さがない感じ)が、とても好ましかった。美味しさを最優先して、こうあるべしという考えに囚われていない証拠なのだと、勝手に思っている。
 できればバインミーを通年の商品にしてほしいと思っているファンは、ぼくだけではないはずだ。


著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月2日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。